結果
──全てが順調だった。ここまでの全ての教科で少なくとも致命的なミスは一つもしていない。最後の教科である数学の応用問題を解き終えて、いよいよ残すは先の範囲の難問だけになる。
一つ二つと解き、最後の三つ目を解こうとした時──急に目の前の解答用紙がかすみ、歪んでいく。筆記用具を持つ手が脱力した瞬間、こと切れたかのように全身の力が抜けて、僕はそのまま床に倒れた。
静かだったテスト中の教室がざわつき始めるのが分かる。視界には宮森さんの顔がうつり、僕の名前を呼ぶ声がかすかに聞こえる。
薄れる意識の中で僕は自分の致命的ミスに気が付く。本番は一発勝負、体調は最も優先して整えるべきものだった。基本中の基本だが、一時のハイに任せた僕には出来ていなかったようだ。
(これが入試なら落ちていたかもしれない)
そもそも、そこまでしないと埋まらない差がある時点で半ば負け戦のようなものじゃないか。
でもどうしてだろうか、僕は全く後悔なんてしていなかった。本気になれる理由が出来てそれに向かって走った日々を後悔なんてするはずがないのだ。
「調子はどうですか友瀬くん」
目が覚めたのは夕陽が差し込む保健室のベッドの上だった。僕はまだだるさが残る上体を起こす。宮森さんが丸椅子に腰をかけてこちらを見つめていた。
暖色の夕陽を背景に穏やかに微笑む彼女はいつにもまして魅力的にうつる。
「あ、テストは?どうなった」
「目覚めてすぐに聞くことがそれなあたり、本当に本気でやってたのが伝わります」
彼女は静かにそう言うと目をそっと閉じた。僕は続ける。
「ああ、でも先の範囲までカバーするのは骨が折れた」
「・・・・ごめん」
「え?」
「期待してるなんて言ったこと少し後悔してる。無茶するって分かってたのに・・・・」
「やめてくれ、自分でやって招いたことだから」
僕の胸に罪悪感のようなものが渦を巻く。こんなこと言わせたいわけじゃなかったのに。
うつむく僕の頭にポンっと彼女の色白の手がのせられた。そのまま優しくなでる。僕が思わず彼女の方を見ると目を細めて微笑みを浮かべていた。
「よく頑張ったね」
不思議な感覚だった。昔、似たような経験をしたようなどこか懐かしい感覚。
「どこかで・・・・ってなんだかあやされてる子供みたいだ」
「あやしてるんです、良くないですか?」
「いや、その、悪くない」
「素直じゃないんですね」
まさか、宮森さんにそれを言われる日がこようとは・・・・。
「逆になんで宮森さんは素っ気なさが完全に消えてるんだ」
「心配し過ぎて、今は安心感で満たされてるんです」
「それは・・・・悪かった」
その後、宮森さんは先に帰宅し、僕も保健の先生に叱られた後、家路についた。
教室ではしばらく、僕がテスト中に倒れたことでざわざわしていたり、守たちがしきりに心配の声をかけてきたりしていたが、それもやがて落ち着いて、元の日常に戻って行った。
テスト結果発表日の登校中、僕の隣には守が歩いている。
「いや、しかし本気だなとは思ったけど倒れるまでとはね、恐れ入ったよ」
「守、もういいだろその話」
「まあでも、久しぶりに友達のかっこいい姿見れて良かったぜ」
「まあ、たまには悪くない」
「それで、やっぱり宮森さんか?」
急に図星を突かれて僕は思わず咳き込んでしまった。
「ほう、図星だなわかりやすいことで」
「どうして?」
「まあ、見てれば分かるだろ、明変わったし」
「どうだろう自分じゃわからないや」
「そういうもんだ」
守はそれだけ言い残して、先に行ってしまった。
「変わった、か」
実感のともなわないその言葉を僕は繰り返してみた。
(どうなんだろうな)
テストの順位は昇降口に張り出される。進学校とはいえ中々残酷なことをするもんだと思う。
一番上にあったのは──僕の名前だった。そんな馬鹿なと何度見ても変わらない。その下に宮森あかりと書いてある。
「明くん」
隣から名前を呼ばれて向くと宮森さんは笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「おめでとう、やっぱり明くんはかっこいいよ」
「でも、どうして僕は難問を一つ解けていなかった」
「友瀬くんは私を買い被りすぎなんだよ、あの問題たちを二つも、私は解けなかった」
そこまでで、守たちやクラスメイトが僕の周りに集まり、すごいとか意外だったなんて声をかけられる。
「やっぱり友瀬くんは友瀬くんだよ」
宮森さんは小さな声でそう呟いて教室に向かって行った──。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます!初手で書きすぎて手を痛めるアクシデントに見舞われましたが毎日更新は継続できたら良いというかします。二人の行く末を見守ってくださるととても嬉しいです。




