何でも欲しがる妹に婚約者から財産まで全て奪われましたが、やり返してもいいですか? 後編
私達の話を聞いていたミリアが泣きそうな声を上げた。
「ひどい、家から追放までされるなんて!」
この子、自分のやったことの重大性が分かってないのかしら?
私の中のモヤモヤした思いが一気に噴き出した。
「私は何もかも失うところだったのよ! 追い出されるのなんて当然でしょ! あなただって私を召使いとしてこき使った後に追い出すつもりだったんじゃないの!」
「ち、違います! 私はただジョゼットお姉様を」
「昔から私を目の仇にしていたけど、そこまで私を憎んでいたとはね!」
「お姉様、誤解しています……! 私は一度だって憎んだことなんてありません!」
まったく、よくそんな嘘を。ここまでのことをしておいて! とりあえず私のウエディングドレス脱ぎなさいよ!
憤慨する私に、エレノーラさんが「少しよろしいですか」と小声で話しかけてきた。そして、私をエントランスの端っこへと引っ張っていく。
「おそらくですが、あのお嬢様は……」
「……え、……え! まさかそんなことあるわけ……!」
聞かされたのは簡単には信じられない話だった。
私はふらつく足取りでミリアの前に戻る。
「……あなた、もしかして、私のことが大嫌いだったんじゃなくて、大好きだったの……?」
尋ねると妹は顔を赤らめてうつむいてしまった。
この反応、間違いない! この子、ずっと私のことが好きだったんだわ! じゃあ、私の物ばかり欲しがっていたのは……、そういうことなの? やだ、ちょっと怖い。
「だとしたら、どうして婚約者まで奪ったの? 別にいらないでしょ。家督や財産まで全て自分のものにして」
「……とにかくお姉様の結婚を阻止するのが目的でした。彼には何でも私の言う通りにするように精神支配をかけましたので、結婚後はその辺に放置しておけば問題なしです。もうこの際なので家の全てを私が管理してお姉様を囲ってしまおうと……」
……ちょっとどころじゃない。私の妹、本当に怖いわ……。
驚愕の眼差しを向けていると、ミリアはガバッと私に抱きついてきた。
「お姉様の結婚が来月に迫ってきて、もうこれしかないと思ったんです! お婆様が仰っていた一大事とはまさに今だと!」
いやいや、お婆様も天国できっと開いた口が塞がらないわよ……。
……まったく、どうしようもない妹だわ。
「……とりあえず、お父様達の精神支配を解くわよ。私も一緒に頭を下げてあげるから、しっかり謝りなさい」
「お、お姉様……っ!」
宝石をかざすと淡い光が一帯を包みこんだ。
思い返してみれば、昔からミリアはおかしな行動が多かった。嫌っている割には私から奪った物を大切そうに眺めたり、嫌っている割には私の行く所ならどこでもついてきたがったり。
……そう、私のことが好きだったのね。
怖い妹ではあるけど、抱かれている感情が思っていたものと真逆だと分かった途端、不思議とこの子が可愛く思えてきた。
私は正気に戻った父と婚約者に、妹を許してくれるように必死に頼んだ。
父は「そんな秘宝が二つもあれば、当家は男爵家から公爵家になれたものを……」と残念そうに呟いていたわね。こんな父だからお婆様は宝石を私達に託したのだろう。(その判断も完全に間違っていたけど)
そして、婚約者からは「君を愛しているが、妹が無理すぎる……」と婚約破棄されてしまった。まあ、無理なのも無理はないと思う……。
私の婚約破棄を受けて、もちろん妹は上機嫌だった。
ちなみに、彼女は自分のこれまでの態度が私の誤解を招いていたことを大いに反省したらしく、もっと分かりやすく好意を示してくるようになった。
「どうぞ、お姉様! 私のケーキも召し上がってください!」
「いらないって、太る……。本当に結婚できなくなる……」
「いいじゃないですか、この屋敷で私と末永く幸せに暮らしましょう!」
「言い回しに何か狂気を感じるのよ……」
ミリアは、何でも欲しがる妹から何でも差し出す妹に変わった。
ところで、この子が今も男爵家で暮らせているのはエレノーラさんのおかげと言っても過言じゃない。実は、魔法で人を操るという行為は結構な重罪にあたるそうだけど、今回は内々のもめ事ということで上手く取りはからってくれるらしい。
かの騎士はそもそも、最初から大事にならないように配慮してくれていたことも後になって分かった。他の調査官を連れず、単独で当屋敷に現れたのもそのため。
彼女の第一印象は、美人だけど冷たそうな人、だったけど、見かけによらずとても優しい人だった。
また、エレノーラさんがいなければ私はミリアの本心にも気付けなかっただろうし、現在のような和やかな男爵家にもなっていなかったので、本当に感謝するべきだと思う。
ギスギスしていた私とミリアの関係が変わったことで、屋敷全体の空気が柔らかなものになってメイド達も働きやすそうに見える。結果的によかったわ。
ミリアはケーキを食べていた手を止め、フォークでくるくると宙に円を描く。お行儀悪いわよ。
「お姉様とこんなに甘々な暮らしが送れるなら、もっと早く本心をさらけ出せばよかったです。……もしまた、今のこの幸せを邪魔する人が現れたなら、私はどんな手を使ってでも……」
妹はフォークを強く握り締め、虚空を見つめながらニヤリと笑みを浮かべた。
……うーん、やっぱり何か狂気を感じる。本当に、この結果でよかったのかしら。
まあ、私は当面結婚できそうにないのは確かね……。




