エレノーラの調査報告
ネイミア様の部屋を出た私は大きくため息をついた。
「……すみません、ネイミア様。私にはどうしようもありません。一つの体に二つの魂で生きてください」
呟くと扉に向かって一札し、そのまま伯爵家の屋敷を後にした。
私は内務調査官になって、つまり騎士になって五年になる。〈空間再現〉という固有魔法のせいでこれまでいくつもの奇妙な事件を担当させられてきたけど、今回はとりわけ特殊なケースだった。
まさかすでに存在している人間の中に転生するなんて。なお、転生という現象自体は、私はすんなりと受け入れることができた。
なにしろ、私自身も転生者なので。しかも別の世界からやって来ている。
……あれ、だとしたら私の方が特殊なケースということになるのだろうか?
考えている間に王城の前まで歩いてきていた。すっかり日は沈み、辺りは夜の闇に包まれている。夜空に浮かぶ月を一度眺めて私は城の中へ。職場である内務調査局の本部へと向かった。
本部になっている部屋に入ると、若い女性騎士が一早く駆け寄ってくる。
「おかえりなさい、エレノーラさん! 学園の悪魔憑き事件どうなりました!」
「解決しましたよ。悪魔の正体も判明しました」
「もうですか! ……あんな意味不明な案件をたった半日で、さすが副局長です。で、悪魔の正体って?」
「まずは局長への報告が先です」
私の言葉に若い女性騎士は「ですよね」と背後に回ってついてきた。
彼女は私直属の部下でマドラインさんという。一応は貴族で、男爵家の四女になる。立場上いい縁談に恵まれるのは難しいと判断して騎士になったらしい。残念ながら騎士としても今一つ役に立たないので、現場には連れていかずにいつも留守番をしてもらっている。
部屋の一番奥に配置された机の前で私は足を止めた。その席に着いているのはこの内務調査局の局長で、私より二つ年上のオリヴィエさんだ。彼女は読んでいた書類から視線を上げて私を見る。
「マドラインとの会話は聞こえていた。私も悪魔の正体が気になる、早く教えてくれ!」
「……人にあんな意味不明な案件を押しつけておいていい気なものですね。やっぱり先に報告書を作りますので、それが上がるまでお待ちになっては?」
「待てない! 意味不明な案件を押しつけたのは謝るからすぐに報告してくれ!」
「分かりましたよ……、では」
私は調査で判明したことと、伯爵家でのネイミア様(とレイミア様)とのやり取りを話した。後ろで聞き耳をたてていたマドラインさんがいちいち派手なリアクションを。いつものことなので気にしていても仕方ない。この人は職場を雑談に花を咲かせる場と勘違いしている節がある。
と横目で見ているとマドラインさんは美しい箱に入ったお菓子を持ってきた。
「侯爵家のフィリス様が、先日のお礼に、と高級菓子を差し入れてくれたんですよ。ちなみに毒は入ってないそうです。面白そうな話ですし、これでお茶でも飲みながら、なんてどうです?」
……本当に、この人は勘違いしている節がある。
待った、あのフィリス様から? 毒は入ってないにしても……。
嫌な予感がした私は菓子箱の内蓋を取る。すると下の段には札束がぎっしりと。添えられた手紙には「今後ともよしなに」と書かれていた。
私は菓子箱をマドラインさんに押し返した。
「……送り返してください」
「えー、貰っておきましょうよ。フィリス様はものすごく羽振りがいいようです。なんせ今をときめく聖女フィリス様ですし」
「現金を送りつけてくる聖女には気をつけないと。とにかく駄目です、首が飛びますよ」
「大丈夫大丈夫、ばれませんて」
相変わらずのん気だ。彼女はまだ当分は窓際が仕事場だろう。(窓際でいつもお茶を飲んでいる彼女は窓際調査官マドラインという通り名が付けられている)
ともかく報告を終えるとオリヴィエさんは息を吐きながら椅子の背もたれに深く体を預けた。
「……まさか、あの剣姫レイミア様だったとは」
そう呟いたまま考えに耽る仕草に。
……きっとまたろくでもないことを思いついたに違いない。もう五年の付き合いになるので私には分かる。
この内務調査局に私をスカウトしたのはオリヴィエさんだった。五年前の私は騎士ではなく、会計局の一職員として城勤めをしていた。
そもそもの話をすると前世まで遡ることになる。
前世の私は異なる世界の日本という国で、会社員として経理を担当していた。日々私を悩ませていたのはどうも使途の怪しい領収書の数々。会社の大切な経費を預かる者として私は日夜奮闘した。何度この目で真実を見たいと思ったか分からない。それはもう、交通事故に遭って意識がなくなるその寸前まで。
その後、気付けば私はこの世界に転生していた。〈空間再現〉という真実を見ることができる固有魔法と共に。
ごくごく一般的な平民の家に生まれた私は、学校を卒業すると迷いなく王国の会計局に就職した。この世界にも使途の怪しい領収書が存在すると知っていたからだ。〈空間再現〉の力で喜々として前世の復讐を行っていた私のところに、噂を聞きつけたオリヴィエさんがやって来た。
内務調査局でペアを組むことになった私達は数々の事件を解決することに。(無茶な事件ばかりだったので、必然的に私の戦闘の腕前も上がっていった)
それに伴って二人共ぐんぐん出世し、現在オリヴィエさんは二十七歳にして局長に、私は二十五歳にして副局長に就いている。
考えがまとまったらしくオリヴィエさんが顔を上げた。
「私はエレノーラのおかげで出世できた。が、まだまだ出世したい」
「どうしようもない人ですね」
思わず本音を言うと、マドラインさんが背後から「私も出世したいです!」と自己主張。あなたはまず一人で報告書を作れるようにならないと無理だと思う。
「それで、どうするのです?」
大体の察しはつくもののあえて聞いてみた。
椅子から立ち上がったオリヴィエさんは拳を高々と突き上げる。
「剣姫レイミア様を内務調査局にスカウトする!」
「やっぱりろくでもない……。本体のネイミア様はまだ学生ですよ」
「兼業で来てもらえばいいじゃないか。もうほぼ伝説になっている先々代の騎士団長だぞ、現騎士団長も頭が上がらないはずだ! スカウトしてきてくれ、エレノーラ!」
……この人、やっぱり騎士団長(全ての部局のトップ)の座を狙っていたのか。
うーん……、男爵家ならともかく、伯爵家の令嬢が騎士になってくれるだろうか。まあ生前のレイミア様は実際に騎士になっていたから何とかなりそうではある。(誘ったらあの方は絶対に乗ってくる気がする)今のあの家で、ご当主も含めて偉大なご先祖であるレイミア様に逆らえる人はいないだろうし。
頭を悩ませつつも一定の目途はついた。
気の毒なのはネイミア様だけど、あの方は気弱に見えてず太い神経をお持ちのようなので大丈夫だろう。
……はぁ、結局私が色々と背負うことになりそうだな。
待った、実際にそうなるのでは?
オリヴィエさんは窺うような視線でちらちらと私の顔を見てくる。
「でだな、伝説の剣姫が加入となった場合なんだけど……、エレノーラ、面倒見てくれないかなぁなんて」
また私に押しつける……。
ランキングの見たこともない位置に。
本当に有難うございます。




