おまけSS
自宅屋敷の執務室にて、私は精力的に仕事に取り組んでいた。テディー様の毒殺未遂事件があって以来、どういうわけか妙に集中力が高まった気がする。
これはもしや、一度死にそうな体験をしたからかしら? あの未遂事件は相当早い段階で阻止したし、そこまでの恐怖体験でもなかったのだけれど?
何にしても仕事が捗るのはいいことだわ。既存の取引についても利益をさらに生み出す考えが次々に思いつくし、私は今、自分の能力を発揮している実感がある。
午前中に片付ける予定だった仕事を全て終え、壁の時計を見ると時刻はまだ朝の九時を回ったばかり。
自分の能力に惚れ惚れしていると、扉をノックする音が室内に響いた。
部屋に入ってきたヴィンセントは、私の執務机に綺麗な小箱を置く。開封すると中には札束がぎっしりと詰まっていた。
「テディー様の伯爵家からで、今回のお詫びとお礼だそうです。あとこちらも」
と執事は土地の権利書を差し出してきた。
実は、私はすでに伯爵家に関する陳情の嘆願を済ませている。どうやら爵位の剥奪は免れられる流れになりそうで、それでお金と土地を贈ってきたのだろう。
このまま受け取ってもいいのだけれど……。
「返しに行きましょう。ちょうど時間ができたから今から出るわ」
「いただいておいてもいいと思うのですが。しかも、何もお嬢様自ら足を運ばなくても」
「返すのはついでよ。爵位の剥奪を逃れても伯爵家の危機は変わらない。さらに救いの手を差し伸べるわ」
「どうしてそこまでなさるのですか?」
不思議そうな表情のヴィンセントに、私は椅子から立ち上がりながら微笑みを返す。
「あら、善意でやっていると思っているの? 私は聖女じゃないのよ」
「そうですね、お嬢様はどちらかと言えば悪女のタイプです」
……言うわね。
執務室を出た私達は、まず同じ屋敷内のとある一室に足を向けた。
扉をノックすると、すぐに小さな女の子が姿を現す。この子は私の妹で当侯爵家の四女メイリスよ。
「お姉様、どうなさいました?」
「今から出掛けるのだけれど、メイリスも一緒に来ない? 外で好きな物を食べさせてあげるし、もしかしたらお友達もできるかもしれないわよ」
「本当ですか、参ります!」
こうして私とヴィンセント、メイリスは馬車に乗って伯爵家へと赴いた。
テディー様の父である伯爵家当主が応対してくれ、私がお金と土地の権利書を返すと彼は恐縮しつつもそれらを受け取った。
内心ではとても助かったと思っているに違いない。貴族の商売は家の評判が大事で、毒殺未遂事件を起こしてしまった伯爵家は現在、農地経営から貿易まであらゆる取引が破談に追いこまれているのだから。
この状況で、私は頓挫した伯爵家のあらゆる取引の相手となることを申し出た。ご当主様は大層驚いていたが、これを受諾。まあ、他に道はないから、まさに選択の余地はなしといったところね。
ちなみに、私が商売の話をしている間に、メイリスはテディー様の弟達とずいぶん仲良くなったようだった。中でも五男の少年が何やら気になる様子。また一緒に連れてきてほしいと頼まれた。
正直に言えば、伯爵家のあらゆる取引を引き受けることは当侯爵家にとってもやや過剰だったが、それは程なく解消されることになる。貴族の商売は家の評判が大事。自分を殺そうとした婚約者の家を救った、聖女のような私の寛容さは王都中で話題となり、侯爵家の評判は大いに上がった。
家全体の収入を約五割増しにした私の所には、一族の皆から感謝の手紙が続々と届いていた。
執務室のソファーでそれらを読む私に、ヴィンセントが呆れたような眼差しを向けてくる。
「毒殺されそうになったことを徹底的に利用なさっていますね……」
「不幸中の幸いは多いに越したことはないでしょ。そうそう、お父様にある程度早い時期に当主の椅子を譲ってくれるようにお願いしたわ。一族の皆も応援してくれるみたい」
「……お嬢様の敏腕を目の当たりにしていますからね。まさか、伯爵家も丸ごと取りこむおつもりですか?」
「あらゆる取引で当家を介しているのだから、もう伯爵家も我が一族みたいなものよ。あとは正式なつながりができれば確定的ね」
ちょうどその時、ノックもそこそこに部屋の扉が開いて勢いよくメイリスが入ってきた。
「準備ができました! お姉様、早く伯爵家に参りましょう!」
ふふ、メイリスったらずいぶんとおしゃれしているわね。前は大人しい性格だったのが積極的にもなったし、やっぱり恋は人を変えるようだわ。多少のお膳立てはしたけど、妹達にも本当に好きな人と一緒になってほしい(それが結果的に家のためにもなれば完璧だわ)。
私が自由な結婚を掴み取ることが妹達のそれにもつながる。その目標はもう手の届く所まで……。
…………、……ん?
……そうか、私が精力的になっていたのは、全ては誰からも文句を言われずにヴィンセントと結婚するためだったのね。
恋の力って凄まじい……。
案外単純な自分に軽くショックを受けていると、人の気も知らないでヴィンセントがため息を。
「お嬢様、以前にも増して腹黒くなっておられませんか……」
「……誰のせいだと思っているのよ」