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愛した人が私のディナーに毒を盛っているのですが 後編


 私からの死の宣告でテディー様は小刻みに震え出し、目には涙まで浮かべている。じっとその様子を眺めながら私はしばし待った。

 まあ、これくらいでいいでしょう。


「冗談です。あなたの料理には何も混入させていませんよ」


 今度は口を開けたまま呆気に取られた表情になっているテディー様を見て、私は再度のため息。


「勘違いなさらないでください。私を毒殺しようとなさったことは許しませんからね」


 視線を部屋の入口にやると、ちょうど執事のヴィンセントが入ってくるところだった。彼にはメイン料理が運ばれてから少しして来るように言ってあり、まさに意図した時間通りと言える。

 ヴィンセントはテディー様の隣で立ち止まった。


「あなたが買収した料理人も、あなたをそそのかした恋人の令嬢もすでに確保済みです。ご観念ください」


 そうだったわ。テディー様はこの通りなかなかの小心者であり、彼に私を殺すようにそそのかしたのは恋仲にある女性だったみたいなのよね。だからといって、テディー様を許す気は先に述べた通り全くない。二人仲良くきちんと罪を償ってもらう。


 なお、私は自分が殺されそうになったからって相手を殺すような愚かな真似はしない。この王国は法治国家なのだから、私もそこに生きる者として至極当然の行動を選択する。

 つまり、王国の治安を守る騎士団に通報した。


 ヴィンセントに続いて鎧を着込んだ騎士達がぞろぞろと室内に入ってきていた。まだ椅子に腰かけたまま動けないでいるテディー様の周囲を取り囲む。

 先に私の方が席から立ち上がった。


「それでは、ごきげんよう、テディー様。あ、もちろんあなたとの婚約は破棄させていただきます」


 私の別れの言葉など聞こえていないように、テディー様は放心状態で騎士達に連行されていった。


 元婚約者を見送った私は再び座り直す。こちら側に移動してきて私の傍らで立つヴィンセントに視線を向けた。


「せっかくだからきちんと食事をして帰りましょ。ほら、あなたも座って」

「しかし、お嬢様……」

「今回、私の命を救ったのはあなたなのだから、誰にも文句なんて言わせないわよ。ほらほら、早く」


 急かすとヴィンセントは「仕方ありませんね……」と渋々にテディー様が座っていた向かいの席に腰を下ろす。

 さあ、ついに来たわ。実のところ、今日の本番はここからなのよ。


「言った通り、ヴィンセントは侯爵家の次期当主である私の命を救ったのだから、何か恩賞があって然るべきだと思うの。望みのものを言ってみて」

「では、これまで通りお嬢様にお仕えすることをお許しください」


 ……そう来ると思っていた。もうすっかり執事が板についてしまっているわ。


 ヴィンセントは私と同い年で、幼い頃から長く仕えてくれている。昔はちょっと頼りなかったけど、今はずいぶんと背も高くなってかっこよくなった。正直、このレストランにいるどの貴族の男性よりも断然かっこいい(お相手の令嬢方もちらちらとヴィンセントを見ているわ)。


 うぬぼれではなく、ヴィンセントは私のことを想ってくれていると思う。そうでなければ、一年間も不穏な婚約者を監視してはくれないだろう。


 かつての私は家のために自分の想いを封じこめなければならなかった。

 けれど、今回の一件でその必要もなくなったわ。なぜなら当家はテディー様の伯爵家から、婚姻でのつながり以上のものを得られるから。


 テディー様の私殺害計画は伯爵家にとって相当な危機と言える。格上の貴族の次期当主を亡き者にしようとしたのだから、爵位すら剥奪されかねない。

 きっと今頃あちらの家では大変な騒ぎになっているでしょうね。

 ただ一つ助かる術があるとすれば、それは被害者である私から王国側に陳情してもらうこと。つまり、伯爵家の運命は私の手の中にある。助けてあげれば、少なくとも私が当主でいる間は侯爵家に頭が上がらないのは確実。


「まさに不幸中の幸いよ」


 私が伯爵家掌握のシナリオを説明すると、ヴィンセントは呆れたような表情を作っていた。


「幸いにできるのは、お嬢様が腹黒いからですよ。本当にあなたは昔からお変わりありませんね」

「……言うわね。とにかく、この成果で私はお父様や一族の皆に自由な結婚を認めさせることができる。貴族だろうが平民だろうが関係なく、好きな相手と結婚できるわ」


 こう言うとヴィンセントは不意に少し慌てた表情に変わった。


「お嬢様、真にお慕いしている方がおられるのですか?」


 ……目の前にいるあなたよ。本当にヴィンセントも昔から変わらずのにぶさだわ。わざわざ平民とまで言ったのに。

 まあ、これからじっくりと分からせてあげるから。


「今日のところはとりあえず、私の生存をお祝いしましょう。お酒もどんどん飲むわよ。ヴィンセントも好きな物を食べて飲みなさい」

「ここは大衆酒場ではありませんよ……。お嬢様、一度死にかけて何だか雑になっていませんか?」


 大胆になったと言ってちょうだい。人は様々な経験を乗り越えて成長していくものなのよ。



 ――余談にはなるものの、これより五年後、さらに成長した私が当主になって割とすぐに当侯爵家はテディー様の伯爵家を吸収することになる。

 大きな権力を手に入れた私だけれど、夫に選んだのは元執事の……。






ご感想で「短い。もっと読みたい」といただきました。有難い限りです。

確かに、前後半に分けるのも気が引ける短さなのですが、この短編はディナーの一幕なので、これくらいでちょうどいいのかなとも思っています。

ちなみに、もう少し長い新作短編も書きました。

『信頼していた友人に愛する人を奪われ、彼からは「時間は戻せない」と婚約破棄されましたが……、あいにく私は時間を戻せます。』

婚約者と親友に裏切られたショックで一日前にタイムリープした令嬢が、(前世の記憶も甦ったことから)性格も豹変して婚約破棄をやり直すお話です。

(約7000文字)

こちらもお読みいただけると嬉しいです。

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