愛する人が私の殺害計画を立てているのですが……。中編
魔女を見送ったのち、私は改めて毒薬の小瓶を眺める。
大金を使ってしまったし、もう後には引けない……。
待って、本当にそう? 今ならまだ引き返せるんじゃない?
いえ、駄目よ、ドウェイン様は私を殺そうとしているんだから! ……これまで私に対して向けていた眼差しも言葉も全て嘘だったなんて、絶対に許せない!
絶対に許せない、けど……。
カウンターの上の小瓶を凝視したまま固まっていると、先ほどまで魔女がいた隣の席に誰かが座ってきた。視線を向けると見覚えのあるちょっと目つきの鋭い綺麗なお姉さんが。
「あ、この前の、爽やかな飲み物を勧めてくださった方……」
「勧めてはいません、揚げ物で胸焼けを起こしたあなたが聞いてきたのです。またこりずに油っこい物を食べていますね」
と彼女は私のビーフカツを見つめた後に、その横にある小瓶に気付く。
「それは何かの薬ですか?」
「は、はい! これはごく普通の風邪薬です!」
「でしたらちょうどよかったです。私、風邪気味なので少しお分けいただいてもよろしいでしょうか」
言うが早くお姉さんは小瓶を手に取っていた。慌てて私は彼女の手ごと小瓶を両手で包みこむ。
「いいいいいけません! この薬は私の体に合わせた調合になっているので他の方には毒かもしれません!(本当に毒なんです!)」
「……ごく普通の風邪薬なのでは? しかし、今のは私が無作法でしたね、失礼しました」
お姉さんが薬から手を離したのを見て私は胸を撫で下ろす。即座にこの危険物を懐にしまった。
……飲めば十五分後に心臓が止まる毒薬だなんてとても言えないわ。これを飲むのはドウェイン様ただ一人だけ。……そう、ドウェイン様だけ。
私の心の中には再びさっきと同様の迷いが生じていた。
黙りこんでしまった私に対し、お姉さんは席から立ち上がりながら。
「何か悩み事があるなら、その原因になっている人に直接尋ねるのも一つの手ですよ。もしかしたら、大変な思い違いをしているかもしれませんので」
「え……、それって?」
私の問いには答えず、よく分からない言葉を残して彼女は行ってしまった。
……あれ? あの人、何も注文しなかったわね。
首を傾げつつ、私は切り分けたビーフカツを口に運ぶ。そのまま食事を続け、今回もポテトまで完食。胸焼けを柑橘果実のジュースで癒してから私も酒場を出た。
心に引っかかることはあるものの、とりあえず計画を練りはじめることに。
定期的に開催される夜会の場で、ドウェイン様のお茶に毒薬を混入させる。大勢の人が一堂に会し、軽食や飲み物も様々用意されるので、毒殺を疑われても特定は困難。しかも、魔法の毒薬なので証拠は一切残らない。仮に私が疑われても立証は不可能な完全犯罪よ。結局、ドウェイン様の死は不幸な突然発作として処理されるはず。
こうして計画を立て、私は次の夜会までに実行に移すか考えることにした。
しかし、いくら考えても答は出ず。そうこうしている間に夜会の日が訪れる。
……今日を逃したら、この次の夜会まで私が生きている保証はどこにもない。もう、やるしかないのだろうか……。
決断できないまま、小物入れに毒薬の小瓶を忍ばせて私は自宅屋敷を出発した。
そして、夜会に到着した私は決断できないまま、ドウェイン様に持っていくお茶に毒薬を垂らしていた。
無意識に計画を実行してしまっている! 死にたくない本能で体が勝手に!
ちなみに、お茶にはそれぞれ好みがあって、これは私は苦手にしているもののドウェイン様は好きなハーブティー。自分の分と二つのお茶を並べておいても、彼は間違いなくこちらを取る。
「アリシア、俺のためにお茶を入れてくれたのか?」
振り返るとそこにドウェイン様が立っていた。私は慌ててカップ二つを自分の方に引き寄せる。
「え、ええ、ですがとても熱そうですので少し冷ましてからお渡ししますね!」
「……夜会にそんな熱湯が用意されているとは思えないが。いつも冷めすぎていて美味しくないくらいだし」
「今日のは格別に熱々なのです! いいから少々お待ちを!」
むきになる私を見てドウェイン様は微笑みを湛える。
「今日は元気そうでよかった、近頃のアリシアはずっと様子がおかしかったから」
「……それほど変でしたか?」
「ああ、アリシアは大抵少し変だが、最近は特に変だった」
「……そうですか」
恥ずかしさで頬を火照らせる私に、彼は一層の笑顔を向けてくる。
この人が私を殺そうとしているなんて、……本当に信じられないわ。
……そうか、私が迷っている理由が分かった。
私はまだ、ドウェイン様を愛しているのだわ……。
自分の命を狙っている人なのに変わらずに好きだなんて、私はどこまでおめでたいのかしら。だけど、気持ちを自覚してしまった以上、もう彼を殺すことなんてできない……。
……毒殺計画は中止にしよう。
そもそも、よくよく考えてみれば、私も対抗して殺害計画を立てる必要はなかった。ちょっと憎悪に取り憑かれて正常な判断ができなくなっていたわね。
この場でお別れを告げて私の方から距離を取れば、あちらも殺害計画を実行する理由はなくなるはず。ドウェイン様、ユーニスさんとお幸せに……。
と私はため息をつきながら手元のお茶を一口。
本当に、冷めすぎていて美味しくないわ。私の苦手なハーブティーだし。
…………、……ん?
ど! 毒薬入りの方を飲んでしまった!
後編は明日の投稿になります。
……大変なところでお待たせしてすみません。




