エレノーラの調査報告2
今回のカルヴァロ様の事故死は、私も慎重に事後処理を進めなければならなかった。もしも王家と最有力貴族である公爵家の関係に亀裂が入ることになれば王国全体が荒れかねない。
どうするべきか考えた結果、全ての関係者にありのままを見てもらうのが一番という答に達した。
というわけで私は、国王夫妻と公爵家当主夫妻を始めとした両家の主だった方々(と各機関の長)全員にカルヴァロ様の執務室までご足労願い、彼らの前で〈空間再現〉を発動。亀裂が入る余地がないように完全に真相を明らかにした。
このやり方に、隣で見ていたオリヴィエさんから小声で苦言を呈される。
「まったく……、エレノーラは冷静な顔してたまに無茶をしてくれる……。……見ろ、国王様も公爵様も全員が涙してる。騎士団長なんて人目もはばからず大号泣だ……」
……確かに、六十近い紳士が人目もはばからず大号泣していた。
ともかく王国の危機は回避できたのでよしとしていいと思う。そう自分の中でも決着させて今回の報告書を書き上げた。
――それから一週間ちょっと経った休日、私はメアリー様より公爵家への招きを受ける。
簡素なお茶会なのでご友人も一緒にお気軽にどうぞ、とのことだったのでマドラインさんを誘って赴くことに。
ご友人も一緒にと言われて部下しか誘う者がいない自分が少し寂しい。……考えてみれば、前世から私は友人というものを作るのが大の苦手だった。
「メアリー様、ずいぶんとお話と違うようですが。全く簡素ではありませんし、そもそもお茶会でもありませんよね?」
私達の目の前には、長テーブルに豪華な料理の数々が所狭しと並んでいる。
微笑みを湛えたメアリー様がさっと手を広げた。
「エレノーラさんへのほんのお礼の気持ちですので、遠慮なく召し上がってください。あなたがいなければ私はもちろんのこと、この公爵家自体が大変なことになっていましたのでこれくらいでは全然足りませんが」
いや、これはおいそれと食べるわけにはいかない。前世の社会で言うなら私は公務員にあたり、この世界でも収賄罪のような騎士団規律が存在する。
はずなのだが、稀に見る速さで動いたマドラインさんがもう席に着いて料理に手を伸ばしていた。
「美味しい! こんなごちそう男爵家では食べられませんよ! さすが公爵家!」
……あなた、規律違反で罰せられますよ?
動こうとしない私を見てメアリー様が歩み寄ってくる。
「友人として食事を共にするだけです。堅苦しく考えず、どうか召し上がってくださいませんか?」
「…………、そういうことでしたら。いただきます」
「よかった! そして、こちらは友人としてささやかな贈り物なのですが……」
メアリー様が傍らにある台車にかけられた布をピラッとめくると、そこには黄金の輝きを放つ延べ棒が。
目の眩んだマドラインさんが吸い寄せられそうになっているのに気付き、私は素早く布をかけ直した。
「さすがにそれは無理があります」
「そうですか、残念です……。……今をときめく侯爵家のフィリス様が内務調査局を懐柔しようとなさっているので、対抗しなければと思ったのですが」
とわざとらしく肩を落とすメアリー様に、私の中にどこかほっとしたような安堵の感情が芽生えていた。
「お元気なようで、よかったです」
「……不思議なのですけど、少しだけ時間が経って今は何だか心の中が温かいのです。私の中でカルヴァロ様が生きている、とでも言いますか。きっとあの方が最後まで私を愛してくれたと、エレノーラさんの魔法が教えてくれたおかげでしょう」
そう微笑んだメアリー様は私の手を引いて席へといざなう。
「ですので、私は本当にあなたに感謝しているのです。困り事があれば力になりますのでいつでも仰ってください。さあ、食事にしましょう」
……私の方も不思議な感覚だ。王国の危機より一人の人間の心を救ったことの方が嬉しいと感じてしまっている。こういう感覚は内務調査官の仕事を五年間してきて何度かあった。
薄々気付いていたけど、やはり私の〈空間再現〉は領収書に復讐するために授かった魔法ではないのだろうか……。
椅子に座ると、すでに結構食べ進めているマドラインさんが横から羨ましそうな視線を向けてきた。
「公爵家の後ろ盾なんて、男爵家四女の私よりもうよっぽど権力者ですよ……。いいご友人ができましたね……」
友人、なのかな。まだ知り合って一週間だし、身分差もありすぎる気がする。
……いや、この機会を逃したら私は一生マドラインさんだけを友人と呼ぶことになるかもしれない。前世からの殻を破るのは今をおいてないのでは?
意を決して私はメアリー様の方に向き直った。
「不快な気分にさせたならすみません。私は本当にメアリー様を友人と思っていいのでしょうか?」
内心恐る恐るそう尋ねた瞬間、突然彼女の顔が輝き出した。
「もちろんです! お礼もありますが私はそうなりたくてエレノーラさんをご招待したのですから! ああ、料理にも黄金にも興味を示してくれないしもう駄目かと思いました……!」
「そうだったのですか、贅沢や金品につられるような人間には気をつけた方がいいかと」
私の言葉にマドラインさんが咳きこむ。ふむ、やはりこの人を友人と呼ぶのは違う気がする。
その時、私達のいる広間の扉を開けて一人のメイドが入ってくるのが見えた。
「お嬢様、お客様がいらして……、あ、勝手に困ります!」
「はいはい、邪魔するよー」
メイドを押しのけてオリヴィエさんがずかずかと踏み入ってきた。彼女は私に向かって人差し指を突きつける。
「休日に豪華ランチとはずるいぞ! エレノーラ!」
「よくここが分かりましたね」
「調査局の局長を甘く見るな。それより、マドラインを連れてくるなら友人の私を誘えよ!」
「え、私達って友達ですか?」
「……決まってるだろ、傷つくな。休日ならもう完全に友達同士だよ。私を何だと思っていたんだ」
何って、かつては仕事も休日も関係なく私を厄介事に巻きこむ困ったパートナーで、今は仕事も休日も関係なく私に厄介事を押しつけにくる困った上司……。
まあ何にしても、今日初めて私にまともな友人ができたのは確かなのだろう。
なお、メアリー様は急にやって来た失礼極まりない訪問者にも寛容だった。
「今回の一件ではオリヴィエさんにも大変お世話になりました。料理は沢山ありますので、どうぞご一緒に」
「そうですか、すみません。じゃあちょっとだけご相伴にあずかります」
こう言いつつ席に着いたオリヴィエさんは全く遠慮する様子もなく食べはじめる。しかし、私がじっと見つめているのに気付いて一旦その手を止めた。
「食べづらいだろ、何だ?」
「ただ豪華ランチを食べにきただけではないでしょう?」
「……鋭いな。えーと、実はエレノーラに頼みたい案件があってー……」
やっぱりだ、この人は……。




