このままでは王子殺しの悪役令嬢として処刑されてしまいます。誰か助けてください! 後編
私は勢いよくエレノーラさんの方に振り返る。
「これは完全に犯罪にしか見えない事故、完全犯罪事故よ! 真相を話しても誰も信じてくれないんじゃないかしら!」
「はい、説明して信じてもらうのは難しいでしょう。このような事案なので、私が派遣されたのです」
「え……、どういうことですか?」
「私ならメアリー様の無実を証明できます。それが可能な魔法がこの身に宿っていますから」
エレノーラさんがそう言った直後に、室内の空間がジジッジジッと揺らめき出した。
何なの! こんなことが現実に起こりうるなんて!
慌てふためく私を落ち着かせるように彼女は肩に手を乗せてきた。
「すでに魔法を発動させました。私の魔法とは、その場で起きたことを時間を遡って見にいく、〈空間再現〉です。発動には条件がありまして、それは私の想像が事実とかなりの部分で一致していること。つまり、発動が成功しているこの時点で先ほどの推理は正しかったということになります」
「すごい魔法ですね、〈空間再現〉……。……ということは、今からカルヴァロ様の死の現場を見にいくのですか!」
反射的に私は執務室の扉に向かって駆け出していた。ドアノブに手をかけてちらりと振り返ると、エレノーラさんは少し申し訳なさそうな表情を見せる。
「配慮が足りませんでした。婚約者の死の瞬間なんて耐えられませんよね」
「それもありますが……、きっと、カルヴァロ様は最期に私のことを罵っていたと思うんです。……そんな姿は見たくありません。ケンカばかりでしたが、私はあの方を愛していましたから」
これを聞いたエレノーラさんは執務机の方に歩いていく。机の上に置かれていた一冊の本を手に取った。
「あなた方はとてもよく似ていると言ったでしょう。これはカルヴァロ様の日記です。事前に調査官の権限で拝見させていただきました。メアリー様もご覧になれば、私がそう言った理由が分かりますよ」
日記を受け取った私はおそるおそるその中を覗いた。
書き連ねられていたのは私に対する罵詈雑言、ではなく、ひたすら後悔と反省の言葉だった。
カルヴァロ様も、最近は会えばいつもケンカになることを悔やんでいて、現状を何とか変えたいと願っていたのが伝わってくる。日記の最後はこう締めくくられていた。
『次こそ普通に話をしよう。俺はメアリーが怒りっぽいだけの女性じゃないと知っている。今のこの時期を乗り越えれば、きっとあの明るくて楽しい性格が戻ってくるはずだ。メアリーの方も何とかしようと努力しているのは分かるから、俺も頑張らないと。俺の結婚相手は彼女以外にありえないのだから』
……一緒だった。カルヴァロ様も私と同じように頑張ってくれていた……。
私は涙を拭ってエレノーラさんの方に向き直る。
「私にも見せてください……! どんなに辛くても、私はあの方の最期が見たいです!」
「分かりました。では、この部屋の時間を巻き戻します」
エレノーラさんの言葉を合図に空間の揺らめきが強くなる。
――――。
気付けば目の前には、私とまだ存命のカルヴァロ様が立っていた。二人で激しく言い争っている。
「君とはもう婚約破棄だ!」
「望むところです、こっちから婚約破棄してあげますよ!」
そう吐き捨てて数時間前の私が執務室から出ていく。
残されたカルヴァロ様は、抜き身の剣を持った甲冑人形の前へと足を進めた。
「どうしてまたこうなってしまうんだ!」
怒りと共に振り上げた手で人形の胸部を……。
ダメ! それを叩いたらあなたは!
過去の出来事と分かっていても私はそう叫びたくてたまらなかった。その瞬間を私は直視できずに思わず目を逸らす。
次に見た時には、カルヴァロ様の胸に深く剣が刺さっていた。
「……ぐ、……そんな、嘘だろ……。……こんなことが。……いや、それより……、これはまずい……。もし、このまま死んだら……、確実に、疑いがメアリーに行く……!」
カルヴァロ様は刺さった剣はそのままに、ゆっくりと執務机に向かって歩いていく。
「何か、書き残して……、事実を伝えないと……!」
しかし、彼は力が抜けてしまったように途中で床に崩れる。赤黒いしみができていたあの場所で、仰向けになって倒れた。
「……まだ、死ねない……。……メアリーを助けないと……。……無理、なのか……。……だ、誰か……、誰でもいい……、……メアリーを、救ってくれ……」
一つ呼吸をしたのち、カルヴァロ様は薄っすらと目を開けて天井を見上げる。
「……メアリー、……やっぱり、君との婚約を破棄する……。どうか、幸せに……」
そう呟いたのを最後に、彼の瞳から光が消えた。
――――。
時間が元に戻った執務室で、私はカルヴァロ様がいた場所で両膝をついていた。拭っても拭っても止めどなく涙が溢れてくる。
エレノーラさんはそのまま静かに部屋を出ていって私を一人にしてくれた。
どれくらい時間が経ったかも分からないほど泣き続け、いつの間にか疲れて眠ってしまったらしい。目が覚めると私は公爵家の自室のベッドで寝かされていた。
その後、エレノーラさんが真相を報告してくれたようで、カルヴァロ様の死は不幸な事故だと公表され、私は罪に問われずに済んだ。
――だけど、どれだけ時が流れてもカルヴァロ様以外の男性と恋愛する気になれず、長男である弟と一緒に公爵家を継ぐことになる。
仕事が一段落するとふと思うことがあった。
やはりエレノーラさんは、カルヴァロ様が私を助けるために遣わしてくれたのだろうか、と。
いずれにしてもエレノーラさんには感謝してもしきれない。
彼女の魔法のおかげで、私が愛した人は最期のその瞬間まで私のことを想ってくれていたのだと分かったんだもの。
だから、私は彼との婚約は破棄しない。
結婚式を挙げるのは、きっと私が……。




