愛した人が私のディナーに毒を盛っているのですが 前編
今日は婚約者であるテディー様との食事会の日。
いつものレストランで私、フィリスは彼と向かい合ってテーブルに着いていた。まもなく注文した料理が運ばれてくるだろう。
侯爵家の長女である私と伯爵家の次男であるテディー様の婚約が決まったのは約一年前のこと。以来、こうして定期的に食事を重ねている。
料理が届くまでの時間は例によって他愛ない会話で間をもたせなければならない。
いつもなら私が何とか話題を見つけるところだけど、この日は珍しくテディー様から切り出してきた。
「いよいよ式が近付いてきましたね、フィリス様。あなたとの生活に思いを馳せるともう待ちきれない気持ちです」
「それならばよかったです。テディー様にとっては全く新しい環境になりますので、内心では憂鬱に思っておられるのではと危惧しておりました」
「まさかそんなことは……。本当に心待ちにしているのです」
「それならばよかったです」
私がもう一度同じ言葉を繰り返すと、婚約者は落ち着かない様子で体をそわそわさせた。
テディー様は結婚後、当侯爵家に婿として入ることが決まっている。つまり、家を継ぐ私の夫となるべく選ばれた男性だった。
そのことがやはり彼にとっては苦痛だったのかもしれない。だったら私に正直に言ってくれればよかったのにと思う。こちらから縁談を白紙に戻すこともできたのだから。せめて一言、あんな愚かな決断を下す前に。
テディー様は今日、私を殺す計画を立てていた。
これを突き止め、知らせてくれたのは私の執事ヴィンセントになる。
ヴィンセントにはまだ婚約に至る前に、テディー様がどういう人間か調べてくれるように頼んであった。私のことを心配した執事はどうやらその後も調査を継続してくれていたらしい。
そして先日まとめて受けた報告によれば、テディー様には婚約以前から恋仲の令嬢がいたとのこと。当家に入れば関係を続けることも会うことすらも困難になる。自力では婚約を破棄できないテディー様が選択したのが、私を亡き者にするという道だった。
彼は旅の魔女から毒薬を購入したようで、それを飲めばしばらくして心臓が動きを止めるのだとか。痕跡も一切残らず、不幸な突然死にしか見えない。
そんな魔法の薬を、本日の私のメイン料理に混入させる計画みたいだわ。そのために、料理人の一人も買収した模様。
私達のテーブルにスープが運ばれてきてディナーが始まった。
スプーンですくったスープを一口飲んだ後、私はテディー様に視線を移す。
「このレストランにはあなたと何度も訪れているせいか、私はここの味が好きになってしまいました。今日もメインのお料理が楽しみです」
「……そ、そうですか。今日は素晴らしい夜になりそうですね」
明らかに動揺した様子でテディー様は返答していた。計画を知っているだけに私にはなおさらそう見える。
……そう、計画を知っているだけに、余計に腹が立ってしまうわ。素晴らしい夜とは、私が死ぬからなの? こんな人を一生懸命愛そうと頑張っていた自分にも腹が立つ……。
私は侯爵家の次期当主として家を安定させなければならず、結婚生活でも決して波風を立てるわけにはいかない。一番は夫婦仲が良好であること。テディー様を愛するために彼のいい所を探し出し、どうにか好きになれるように努力した。ほぼ自己催眠に近いけど、その甲斐あって彼は私の愛する人になったと思う。
また、テディー様からも愛してもらえるように、彼の前では素敵な女性に見えるよう、こちらも努力したわ。執事のヴィンセントはそんな私を見ていたから、今の今まで調査結果を報告できなかったみたい。(せめて別の女性がいることはもっと早くに教えてほしかった)
この一年の苦労が全て無駄だったと分かった今、テディー様への愛が冷めたのはもちろんのこと、もはや怒りしか残っていない。
最後の晩餐になる今日は、きっちり仕返しさせてもらうわよ。
ディナーは進み、やがてメイン料理が運ばれてきた。私は魚料理を、テディー様は肉料理を選んでおり、それぞれの前にお皿が置かれる。
ナイフとフォークを持つ私の手を、テディー様は食い入るように見つめてきていた。
そんなに凝視されたら、事情を知らなくても何かあるんじゃないかと思うでしょ。この人、犯罪には全然向いてないし、仕事でも大事な商談なんかは任せられないわ。……愛することをやめた途端、嫌な所ばかりが目につくようになった。
ため息を一つついてから料理の魚を口に運ぶ。
「やはりとても美味しいです。テディー様、どうなさいました? 召し上がらないのですか?」
「……いえ、……いただきます」
彼は青ざめた表情でようやく肉料理に手をつけた。きっと料理の味なんて全く感じていないわね。
メイン料理を食べ進めて程なく、私はナイフとフォークを置いて口元を直した。
「ところで、テディー様が私のために配合してくださった調味料ですが、私の魚料理には合わないのでそちらの肉料理に入れさせていただきましたよ」
「……え?」
青ざめていたテディー様の顔からさらに血の気が引いていくのが分かった。