第6話~消えたジュリエットの衣装~
黎進高校の文化祭が近づいてきた。各クラブや学年が準備に忙しく、活気に満ちた校内を歩いていると、どこからともなく演劇部の大声が聞こえてきた。
「うわあああ! 衣装がない!!」
放課後の教室に駆け込んできたのは、ジュリエット役の部員、志乃だった。その顔は真っ青で、息を切らしている。
「どうしたんだ、志乃?」
しおりが声をかけると、志乃は大きな声で叫んだ。
「ジュリエットの衣装が、消えたんです!!」
一瞬の沈黙。しおりと玖郎は、互いに視線を交わす。
「それって……盗まれたってこと?」しおりが尋ねる。
志乃はうなだれた。
「わかりません。でも、昨日までは確かにあったんです。今日、改めて確認したら、どこにも見当たらないんです……!」
「ほう…」
玖郎が反応する。
「この衣装がないと、本番に間に合わないんです!」
志乃の声が震える。
「うーん、どうしたもんかね……」しおりが考え込む。
しおりが腕を組むと、腕に巻いたアクセサリーをじゃらじゃらと音を立てる。
その時、玖郎が突然、ぶつぶつと呟いた。
「事件の匂いだ!」
「また始まった…」
しおりが顔をしかめる。
「衣装が消えるなんて、普通はあり得ないだろ? 何か裏があるんじゃないか?」
その言葉に、志乃が苦笑いする。
「……何か心当たりがあるん?」
「もちろん!
玖郎は胸を張り、腕を組んだ。
「とんでもない推理がある!」
その勢いに、しおりは少し引きつった顔で言った。
「なんなん?」
その時教室に山口が入ってくる。
手には衣装を持っている。
「それ俺です。」
「え?山口君が??」
「俺、演劇部の手伝いをしていたんだ。衣装を運ぶ手伝いの最中に、うっかりジュリエットの衣装をケースに入れたまま、間違えて他の場所に運んでしまったんだよ!」
しおりは少し間をおいてから、呆れたように言った。
「うーん、それで…事件解決じゃね…」
だが、玖郎はじっと山口を見つめたまま、腕を組んだ。
「──それがトリックだったとしたら?」
山口は困ったように眉をひそめた。
「え? だって、衣装を持ってきたけど?」
「いや、それがダメなんだ!」玖郎は熱弁をふるった。
「そう簡単に解決するわけがない! 衣装が消えるということは、そこには裏があるはずだ!」
「どういう裏なん?」
「いいか、山口。君の“間違えて運んだ”という発言……それ自体がトラップなんだ」
玖郎は教壇に登り、腕を組んだ。いつの間にか教室の照明を半分落としていた。
「いいか?衣装はあくまでもカムフラージュなのさ!犯人の本当の目的は衣装ケースの方にあったのさ!!」
「いや…普通の衣装ケースだったけど…」
「…そうともいう…だかそう、つまりこれは、“意図的な錯乱”!犯人の真の目的はやはり衣装の方だったのさ。お前は“気づかぬフリ”をしていたが、本当は知っていたんだろう? その衣装が“純白レース・セラフィムコード”であることを!」
「……セラフィム……なんじゃあ?」
「セラフィムコード! 伝説によれば、天使の羽根を紡いで作られた、究極のレース生地だ。透けるような白、それでいて凛とした光沢……高貴、そして禁忌。そんな逸品が、なぜ黎進高校にあるのか? 答えは一つ――裏購買部の存在だ!」
しおりが机に額をぶつける音がした。
「また始まった……」
玖郎はお構いなしに続けた。
「学校の購買で売られているのは、焼きそばパン、コロッケパン、そして“表の品”。だが、放課後15分後、購買部の奥にあるロッカーを3回ノックし、“衣のささやき”と囁けば、君はもう一つの世界に招かれる」
「誰が行くん?」
「そしてそこで売られていたのが、この“セラフィムコード”! 高価なために正式な衣装には使えず、演劇部が非公式に入手していた! しかし、その流通ルートを辿られぬよう、記録を残さず秘密裏に使用していたのだ!」
「どういうルートなん!?」
「それを知った君は、つい出来心で手を出してしまった。ちょっとだけ、袖に触れたら……ああ、その感触……これはもう、返せるわけがないッ!」
「返したよ!!今そこにあるよ!!」
玖郎は目を細め、静かに首を振った。
「“ある”のは、君の罪だ……」
「なんの罪なん??」
「……この事件の根底にあるのは、愛だッ!」
「誰を愛しよるんな…」
しおりが席を立とうとする。
「止まれ!」玖郎は黒板消しを持ってポーズを決めた。
「ジュリエット役の志乃、君は知らないかもしれないが……山口は、君に恋していたのさ!!」
「え!? まじで!?」志乃が目を見開く。
「ちょ、えっ、俺!?」山口がめちゃくちゃ動揺している。
「お前は毎日、演劇部の近くをうろついていたな? 理由は一つ、彼女の姿を見たかったからだ!」
「いや、俺あのへん通学路なんですけど。俺自転車通学だし」
「ほら見ろ、偶然を装った必然! これぞ恋の導火線! だが、彼女の隣にはいつも“ロミオ役”の先輩……見るたびに心がズタズタになった山口は、ついに決意したのだ!」
玖郎は叫んだ。
「衣装を隠せば、公演は中止! ロミオも志乃も、舞台の上では結ばれない! これは、悲しき“舞台破壊型純情ラブ爆弾”だッ!!」
「爆弾てなんなん!?」
「志乃さんって今日初めて会ったし… 誰やロミオ役って…知らんし」
志乃がこっそり口元に手をあてる。
「あー、でもロミオ役の佐伯先輩、ちょっと気になってたのは事実……」
「えっ、そっちなん?」
しおりが驚く。
玖郎は机をバンと叩いた。
「やはりな! 愛と嫉妬のトリガーが弾け、山口は理性を失ったのだ! その結果がこの――“ジュリエット衣装消失事件”!」
「…山口関係ないじゃろ?」
「そうともいえる……」
玖郎は再び、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「君が主犯ではない可能性もある……そう、“誰かに操られていた”としたら?」
「操られてた!?」
山口の声がひっくり返った。
「うむ。君が知らず知らずのうちに“何か”の意志に従って動いていたとしたら……まるでマリオネットのように」
玖郎はカバンから突如、糸の切れた人形を取り出した。
「……どこから出してきたんその人形?」
「黎進高校には古くから伝わる都市伝説がある。“操り部”――かつて、文化祭の演劇を成功させるために“生徒を意のままに操る”という禁じられた部活動があったのだ!」
「そんな部活あるん!?」
「演劇部の歴代エースは全員、“操り部”の影響を受けていたという噂……そして今年、その血が騒ぎ出したんだ!!」
「なんなんそれ…」
「志乃……君の演技力はズバ抜けていた。だがそれは、もはや“演技”ではなかった! 舞台の上では、まるで誰かが乗り移ったかのような迫真の演技……つまり、“操られていた”のは、君だったのだ!」
「え、俺!?」
「そしてその影響を受けた山口……彼は自然と導かれるように、衣装を“運ばされた”。」
「それ完全にホラーじゃろ!」
玖郎は静かに言った。
「誰が得をする? 衣装が消えて、一番得をするのは誰だ? そう、ロミオ役……彼は、志乃とふたりきりで練習する口実を手に入れた。これは偶然か? いや、“操り部”の策略だったのだ!!」
「まさかの真犯人ロミオ!?」
玖郎は立ち上がった。
窓から射し込む夕陽が、彼の横顔を赤く照らしている。
「だが、全ての仮説をひっくるめて、ひとつの答えにたどり着く……」
「もうええって、頼むから」
「この事件で本当に“消えた”ものは、ジュリエットの衣装ではない」
「じゃあ、なんなん?」
玖郎はゆっくりと黒板にチョークで一文字ずつ書いた。
『信 頼』
しおりが椅子ごとずっこけた。
「なんでそうなるんよ!!」
玖郎は続ける。
「演劇部と手伝いの山口、互いを信じきれなかったがゆえに生まれたすれ違い。そして“間違えて運んだ”という正直な告白を、即座に信じなかった僕らの心――」
しおりが頭を抱える。
「おみゃあが一番信じてなかったじゃろ?」
「だが安心してほしい」玖郎は親指を立てる。
「この事件を通じて、僕らは“信頼”を取り戻したんだよ」
山口としおりがつっこむ
「お前が一番失っとるんよ!!」
「さて、事件は解決した。いや、事件なんて最初からなかったのかもしれない。だが、僕たちは確かに“何か”を解き明かしたのさ」
「……うん、たぶん“玖郎の脳内”だけなんけど…」
しおりは深いため息をついた。
山口はぼそっと呟いた。
「結局、俺が間違えて持ってったって話なのに……なんでこんな大ごとになったんだろ……」
志乃は少し笑って、「でも、ちょっとだけ楽しかったです」と言った。
玖郎は立ち上がり、教壇で決めポーズを取った。
「事件はすべて、帰宅部探偵――帰野玖郎が解決したッ!!」
その後──
ジュリエットの衣装は無事に戻り、文化祭の舞台も大成功をおさめた。
舞台の最後、志乃が演じるジュリエットが語りかける。
「さようなら、私の愛しい人……でも、私たちは決して失われない。信頼が、ここにある限り……」
舞台袖で玖郎はつぶやく。
「そうさ……すべての真実は、謎の中に隠されている……!」
「おまえが一番隠してとったろ!!」
(次の事件も3P以内で)