第5話~消えた購買のパンの謎~
黎進高校の昼休み。
購買前はいつものように、パンを求める生徒たちでにぎわっていた。
──のはずだった。
「ない……! な、ない!? メロンパンも、カレーパンも……全部売り切れ!?」
ひときわ高い声が購買前に響き渡った。叫んでいるのは1年B組の水野だ。
彼女の目の前には、まるでハリボテのように中身が空っぽになったパン棚が並んでいた。
「まだチャイム鳴ったばっかりじゃろ!? なんで全部なくなっとん!」
騒然とする生徒たち。購買のおばちゃんは、申し訳なさそうに頭を下げていた。
「ごめんねぇ、今日は朝からすごい数のパンが予約されてて……ほとんど売る分がなかったんよ」
「予約!? 誰が!?」
──その日の放課後
「事件の匂いだ!」
ひときわ元気な声を持つ帰宅部の自称・探偵、帰野玖郎。
背後には、やれやれという顔で福山しおり。
「またかい……」しおりがショートボブをかき上げながら、呆れたような表情を見せる。腕につけたアクセサリーがじゃらじゃら音を立てる。
「つまり、こういうことだ。事件はすでに始まっている……!」
「だからって、パンがなくなっただけじゃろ?」
「違うッ!」
玖郎が勢いよくノートを広げる。いつものクセで、なぜかBGMが脳内で流れ始める──本人だけに。
「これは“購買を支配する者による陰謀”だ!」
「また変なこと言い出しよる……」
そのとき、ひょっこりと現れたのは、クラスメイトの山口だった。
シールが張られたシートを持っている。
「やあ、みんな〜。ありがとうございました!」
「って、山口かいッ!!」
しおりが思わず突っ込む。
「うわっ、あんた、もしかして!?」
「うん。食堂の人から、パンフェアの特典で“応募シール”もらえるって聞いたからね!」
「応募シール……?」
しおりが眉をひそめる。
「なんのシールなん?」
「ほら、集めたら当たるやつ。トースターとか、謎のぬいぐるみとか……」
「ヤ〇ザ〇春のパン祭りか!!」
玖郎が机を叩いた。
「つまり! 山口は応募シールのためにクラスの分までパンを予約していた……それが今回の事件の真相というわけか……!」
「いや、事件いうか、お前が勝手にややこしゅうしただけじゃけど?」
玖郎は立ち尽くす。
「……だが待て。その“応募シール”こそ、学園に眠る秘宝《白いお皿》への鍵……!」
「やめえやぁ!!」
しおりの渾身のツッコミが、教室に響き渡った。
──そして、事件はパンの香りと共に、平和の中で幕を閉じたのだった。
玖郎(パン袋を覗き込みながら)
「──それがトリックだとしたら?」
「またそれかぁ…」
「──いや、これは単なる“パンの予約”ではない……!」
しおり頭を抱える
「……なんか始まったわ」
玖郎をメモ帳を開く。
「見ろ、この袋に貼られた謎のラベル……《S.P.N 048》……。明らかに暗号だ!」
山口はもぐもぐしながら…。
「それシールの管理番号です」
玖郎無視して続ける。「S.P.N……すなわち、“Secret Provision Network”。裏取引用語だッ!」
しおりは真顔でつっこむ。
「急に裏社会出てきた」
玖郎は勢いづいてさけぶ。
「そう、パンはただの“商品”ではない! これは、《隠された情報》を運ぶための“コンテナ”だ!」
「パンに詰め物はあるけど、情報は詰まっとらんじゃろ」
玖郎は拳を握りしめ、さけぶ。
「わからないか!? この学校はすでにパン組織に支配されている! 購買、食堂、印刷室……すべては“パン利権”によって統制されているんだッ!」
「パンじゃけど?」
玖郎は真剣な目で山口を指差す。
「そして……お前がその《中心人物》か、山口……!」
「えっ、俺、ただシールが欲しかっただけ……」
玖郎は畳みかけるように続ける。
「違うッ! 山口は《名もなきパン愛好者》を装いながら、裏で“パン帝国”を築こうとしている……!」
「もうやめぇやぁ!!」
玖郎は空を仰ぐ。
「この事件の真相は、ただ一つ──《食料による支配》。やがてパンはこの学園の通貨となり、権力と欲望をめぐる戦いが……始まる……ッ!!」
「始まらんよ!!」
しおりはため息をつきながらつぶやく。
「てか玖郎、昼飯ちゃんと食べたん? 空腹の幻覚とかじゃね?」
玖郎は小さく震えながらつぶやく。
「……確かに……今日、弁当……忘れた……」
山口はそっと袋から一個パンを差し出す。
「玖郎くん、あげるよ。応募シールはもう取ったから」
玖郎はパンを受け取る。
「……ありがとう。これで世界は……救われた……」
「じゃけぇ壮大すぎるんよ世界観が!!」
──こうしてまた一つ、どうでもいい事件が、無駄に壮大な推理の果てに幕を閉じようとしていた。
玖郎は購買伝票を睨む。
「見ろ……これは、ただのパンの予約リストじゃない。いや、“そう見せかけている”だけだ」
しおりは呆れ気味につぶやく。
「それどこからとってきたんよ……」
玖郎は目を細め、ボールペンで伝票をなぞる。
「見ろ、この筆跡……数字の『5』が2箇所、微妙に角度が異なる。そして、この記号──“✕”ではなく、明らかに“十字”。これは……何かの儀式だ」
「いやいや、ただの間違いを消しただけじゃないん?」
だが玖郎無はそれを無視してつづける。
「……《パンフェア》──その名のもとに集められた大量の“炭水化物”。だが本当に目的はパンだったのか? 真に“取引”されていたのは──情報、そして思想だッ!」
「パンで思想取引するやつおるかな!?」
玖郎は真剣な顔で続ける。
「なぜこの時期にフェアが開催されたのか……なぜ『応募シール』などという原始的な手法が用いられたのか……その裏に潜むのは、学園に根を張る《思想結社──パン・デモクラシア》の影……!」
「名前がややこしいけど、ただのパン好きの集まりじゃろ?」
玖郎は立ち上がって叫んだ。
「わかるか!? パンとは《自由》を象徴する存在だ。米飯では管理され、配膳されるが、パンは……個人が自由に選び、買える。つまりパンを制す者は、個人の自由を握る者……すなわちこの学園の未来を握る存在!!」
「壮大になってきたわ……」
玖郎は興奮気味に叫ぶ。
「山口……君は、そのシールを何枚持っている?」
山口(ぽけっとから大量のシールを出す)
「えーっと、48枚くらいですかね」
玖郎がかすかに震える。
「それはつまり──“48人分の意思”を掌握している……っ!」
「シールって、そんな投票券みたいな意味じゃないじゃろ?」
玖郎はふらふらと歩き出した。
「シール1枚=生徒1人の忠誠。集められたシールは、やがて《願いの景品》と交換される──それは“民の声”が《権力》へと昇華される儀式……!」
「それただのポイント交換じゃろ!!」
玖郎は遠くを見つめながら叫ぶ。
「我々は、気づかぬうちに“パンという選択”の中に組み込まれているんだ。購買に並び、同じ菓子パンを選ぶ……それが、“自由”だと錯覚させられている……!」
山口が素朴に言う。
「でも僕、あのレーズン入りのやつが好きなんで……」
「好きなもん食べとる!」
玖郎は振り返った。
「だが……真に恐ろしいのは《伝票》だ。この紙切れ一枚で、“記録”され、“管理”され、そして忘れ去られる……ッ!」
「誰が??忘れ去されるん??」
玖郎は声を潜めて囁く。
「伝票は焼却され、パンは胃に消える。だが、“真実”だけは──決して消えない……!」
「おみゃあが勝手に錯覚しとるだけじゃろ……!」
玖郎は遠くを見つめる。
「……この学園の真の支配者……それは、“パンを制する者”なのかもしれない……」
山口は手を挙げて、ぼそりとつぶやいた。
「あの、僕……パン食べすぎてお腹痛いです」
玖郎は悲しげに言った。
「……英雄は、いつも犠牲を払うものだ……」
「パン食っとるだけじゃろ??」
──こうしてまた一つ、購買のパンと伝票にまつわる壮大な陰謀が……たぶん、誰にも信じられることなく終わるかと思ったが…
「しおり、いくぞ。山口も来い。」
「え?どこにいくん?」
「僕、お腹いたいんですけど…」
──玖郎たちは生徒会室前にきた。
「……開けろ、生徒会。正義の名のもとに、入室を要求する!」
帰野玖郎が、掲げたノートと共に叫ぶ。
その背中には、しおりと、なぜかついてきた山口が立っていた。
「いや、ほんまにやる気か……?」
しおりが半眼でつぶやく。
「止めてもムダじゃ。玖郎くんは“完全に入った”目をしとる」
山口は、パンのシール帳を胸に抱え、少し誇らしげだった。
ギィィ……と、重たげに扉が開く。
中から現れたのは、生徒書記・葛城静。冷たい眼差しで、玖郎を見つめた。
「何の用だ、帰野。これは会議の時間でも、生徒の相談日でもないが」
玖郎は一歩前に出る。
「書記──いや、“学園の秩序の番人”葛城静。君に問いたい。購買部におけるパン予約制度は、本当に“生徒のため”に存在しているのか?」
「……は?」
「今、学園に広がる“パンの思想支配”。チョコか、ツナか、メロンか……その自由意志を掌握した者が、全てを動かす。このままでは黎進高校が、山口を中心とした《パン帝国》に乗っ取られるのも時間の問題だ!」
「お、おう……」
葛城が一瞬だけ目を泳がせた。
玖郎は構わずまくしたてる。
「この伝票を見ろ!」
ぴら、と広げるのは先ほどの伝票だ。
「これは単なる注文書ではない。“パンによる序列化”の始まりの記録だ! 多く買う者はリーダーに、少数派は迫害される。そして気づけば、購買はパンの独裁国家に……!」
「……帰野。君、昨日も“正義の執行人”とか言って、生徒指導入ってただろ?」
「正義を全うする者は、いつだって迫害されるのだ……!」
玖郎はやや涙目で拳を握った。
そのとき、山口がにこにこと一歩前に出た。
「会長〜。シール50枚たまったんで、これ交換お願いしま〜す!」
「は?」
山口が差し出したのは、購買コーナーの“パンフェア”景品交換券。
「クラスのみんなの分、まとめて予約してもらったんです。シール欲しかったし……。そしたら玖郎くんが『帝国の野望だ』って言い出して……」
沈黙。
葛城静が、無言で書類を受け取り、事務的に処理をする。
「はい、これがランチトートバッグ」
「ありがとうございます!」
山口がバッグを胸に抱いて嬉しそうに笑った。
玖郎はというと──
「……そ、そんな……。民衆の希望が……ただの布袋一つに収束するなんて……」
へなへなと、その場に膝をついた。
「現実って、厳しいんじゃね……」
しおりが、そっとつぶやいた。
数日後。
購買部のパンフェアは無事に終了し、山口は“シール王”の名で一部に称賛されていた。
玖郎はというと──
「世界は……またしても真実を隠した……」
ノートに謎の円を描きながら、次なる“学園の闇”を追っているらしい。
しおりは呟く。
「帰宅部探偵の推理は、今日も無駄に壮大じゃ……」
(次の事件も多分3ページくらい)