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第4話~開かずのロッカーと忌まわしき鍵~

 放課後の黎進高校──午後の日差しが教室の床に斜めに差し込むなか、静かな空気をかき乱すように、玖郎は神妙な面持ちでロッカーの前に立っていた。


 その目の前にあるのは、ひときわ古びた、赤く「使用禁止」と書かれた一台のロッカー。誰も使っておらず、誰も開けたことのないそれは、生徒たちの間で密かに「封印のロッカー」と呼ばれていた……かもしれない。


 玖郎は眉間に皺を寄せ、重々しくつぶやいた。


「──このロッカー、開かないんだ」


 教室の隅では、しおりが雑巾をしぼりながらそっけなく返す。明るい茶色のショートボブ、制服を緩く着ていて、指定外のベルトでスカートを留めている。


「そりゃ、誰も使ってないからじゃん?」


 その言葉に、玖郎はピシャリと人差し指を立てて反論した。


「違う。この“何者も開けたことがないロッカー”、通称“封印のロッカー”──これは、黎進高校に伝わる“学園七不思議”のひとつだ」


「初耳じゃけど!? 七不思議、他に何があるん?」


 しおりが眉をひそめて問い返すと、玖郎の語り口はますます熱を帯びていく。


「第1の不思議──夜な夜なさまようチョークの霊……第2の不思議──保健室の冷蔵庫に常に入ってる謎のヨーグルト……そして、第3の不思議こそが、この“開かずのロッカー”だ!」


「だいたい全部あんたが勝手に言いよるだけじゃろ……」


 ショートボブをかき上げながら、冷めた目を向けるしおりの言葉も、玖郎には届いていない。彼はロッカーの前に立ち、扉にそっと手を添える。


「なぜ開かないのか……それは、中に“開けてはならないもの”が封印されているからだ……!」


 しおりがあきれたように肩をすくめる。


「それ、ただの“忘れ物入れ”なんじゃない?」


 その瞬間、玖郎の目がキラリと光った。


「いや……まさか……そうか、これは“呪い”かもしれない……!このロッカー、“開けた者に呪いが降りかかる”んじゃないか!?」


「いやいやいや、前向きに生きて! 前向きにッ!」


 思わずツッコミを入れたしおりだったが、ちょうどその時、教室の入口からひとりの男子生徒が顔を出した。


「……あ、あれ、開けようとしてたんすか?」


 のんびりとした口調、気の抜けたような寝癖──山口だった。


「知っているのか!? この封印されたロッカーの秘密を!」


 玖郎が食いつくように詰め寄ると、山口はぽりぽりと頭をかきながら答える。


「いや……最近オレ、ロッカーの鍵なくしちゃって……で、先生に言ったら『この使われてないロッカー使っていいよ』って言われて……」


 沈黙。数秒の後、しおりは叫んだ。


「それ山口のロッカーなんかーーーい!!!」


 しおりがぽつりとつぶやく。


「……事件、解決したけど…」


 しおりは深いため息をつきながら、呆れ顔で言った。


「3ページで終わったね……」


 ──こうして、また一件、何でもない日常が“無駄に事件っぽく”演出され、静かに幕を閉じたのだった。


 放課後の静まり返った教室。窓から差し込む夕陽が、まるで舞台装置のスポットライトのように、ひとつの場所を照らしていた。


 その中心に立つのは、制服の裾をやたらに翻しながら仁王立ちする男――帰野玖郎。

「──それがトリックだとしたら?」

 彼はロッカーの前に立ち、鋭い目を細めた。


「やはりこのロッカーには、ただならぬ謎がある」


 深刻なトーンでつぶやかれたその言葉に、後ろから雑巾片手のしおりが、心底あきれた声を返す。


「いやいや、山口のやつじゃって。オチついたじゃろう?」


 しかし玖郎は、ピシャッと指を鳴らし、得意げに言葉を重ねた。


「だがその“オチ”が、逆に怪しいとは思わないか?山口が“偶然”鍵をなくした? それが“偶然”使われてなかったロッカーと合致した?あり得るか? この世にそんな偶然がッ!!」


「まあ……山口じゃし……あるじゃろ」


 しおりの乾いたツッコミも耳に入らないのか、玖郎は眼鏡を押し上げて真顔で言い放つ。


「いや、これは“山口を利用した何者か”の仕業だ!」


「…何者なん?」


 教室の空気がきな臭くなるなか、玖郎の脳内で、勝手に“回想シーン”が始まった。


(暗がりの廊下。怪しいフード姿の人物が、ロッカーの鍵をすり替える。チリン……)


「想像してみろ……ある日、山口のロッカーの鍵が密かにすり替えられていたとしたら?山口は気づかず、鍵を持ち歩き──やがて『開かない』と混乱する」


「山口、そこまで気にせんじゃろ……しかも鍵なくしたんじゃないん?」


「しかし! その“すり替え”の真の狙いは……封印ロッカーへの誘導だ!!」


 玖郎の声が、やけに反響して聞こえる気がした。もはや教室が舞台となっているかのような錯覚すら覚える。


「つまりこれは──“山口の無自覚を利用して、開かずのロッカーに何かを隠した者”の犯罪!名付けて──“鍵封じ替えロッカートリック”!!」


「無駄にタイトルつけんでええわ……」


 玖郎は勢いそのままに、しおりをぴしっと指差した。


「犯人はこの中にいるッ!!」


「この“中”って誰!? うち!? しかおらんのんじゃけど!!」


 そのときだった。


 ガラリ、と教室のドアが開き、ゆるい足取りで山口が入ってきた。相変わらずの寝癖に、手には袋入りのせんべい。モグモグと口を動かしながら、のんびりと告げる。


「……あ、俺のロッカー開きました。先生がスペアキー持ってて」


 一瞬、沈黙。


 そして――


「スペアキー来たわぁー」


 しおりの怒号が、放課後の静寂に響き渡った。


 玖郎は少しだけうつむき、静かに言った。


「……事件、解決」


「いや、もう最初から終わっとったんよ!」


 夕陽がますます赤みを増していく中、玖郎の妄想と推理は、終わろうとしていた…。


「はい、先生がスペアキー持ってて……パカッと開けてくれました〜」


 山口が、いつも通りの能天気な笑顔で教室に戻ってきた。手には食べかけの煎餅と、開かずのロッカーの鍵。


 そのすぐ後ろ、無表情で現れたのは、生活指導担当の鬼門きもん先生だった。


「管理番号432は、私が常に所持している鍵のひとつだ。勝手に使用しないようにな」


 淡々とした口調。感情を感じさせない声音。だがそれが逆に、何かを隠しているようにも聞こえた。


 そのときだった。玖郎の顔に、すっと影が差す。


「……先生。あなた、何か隠していませんか?」


 ぐぐっとにじり寄る玖郎に、鬼門先生の眉がぴくりと動く。


「……は?」


 その様子を見ていたしおりは、眉をひそめて溜息をつく。


「やめとけ、玖郎。相手は“生活指導”じゃ。生徒手帳とかで殴ってくる系の人種じゃけぇ……」


 だが忠告も虚しく、玖郎の目は爛々と輝きを放っていた。


「いや、考えてみろ。なぜ教師が、全てのロッカーの鍵を所持している!?それは“全ての秘密を握る者”の象徴──まるで、この学園の《あるじ》ではないか!」


 しおりは、くぐもった声でささやいた。


「なに、中二病こじらせとるん……?」


 玖郎は、なおも詰め寄る。まるで真相に迫る探偵のような、無駄に熱い口調で。


「先生! あなたはこのロッカーを、“あらゆる証拠隠滅のために使っている”のでは!?山口を利用し、鍵を紛失したように仕向け、自ら“正義の執行人”を装って封印を開いた……その中には──おそらく“過去の罪”が眠っているッ!!」


 しばしの沈黙の後、鬼門先生のこめかみにぴくりと筋が浮かんだ。


「……帰野。君、あとで生徒指導室に来なさい」


「な、なに……!? 黒幕のくせに、口封じとは……!」


 玖郎が愕然とするのを横目に、しおりは渾身の勢いで叫んだ。


「違う! 完全にお前が怒られとるだけじゃ!!」


 その直後、まるで締めの鐘のように、山口の声がのんびりと教室に響いた。


「あ、ロッカーの中、空でしたよ。あとで体操服入れときますね〜」


 天井を仰ぎ、玖郎はそっと目を閉じた。


「……謎は、常に人知を超えている……」


「おみゃあが超えていっとるだけじゃあ!!!」


 しおりの鋭利なツッコミが、教室の壁にすら響くようだった。


 放課後の空気はやけに澄んでいて、それがなおさら、玖郎の推理の虚しさを際立たせていた――。


 放課後の静かな教室。山口のロッカー騒動が一段落したかと思いきや、玖郎の目に再び炎が灯っていた。


「山口が使ったロッカーの番号、それが432──つまり、4・3・2。逆に並べれば2・3・4……」


 手帳サイズのノートをパチンと開き、興奮気味にページをめくる。視線はギラギラと輝き、指先は震えていた。


「これは、数学的秩序を示しているッ!」


「……ただの番号じゃろ…」


 しおりがあきれ顔で返す。だが玖郎の耳には届いていない。彼はすでに、自らの妄想という名の“異界”へと旅立っていた。


「いや……もっと深い意味があるはず! たとえば──」


 ノートを指で示しながら、熱を帯びた声で語り続ける。


「【4×3×2=24】……24といえば……そう、1日は24時間。そして、1日=“1回の鍵の使用”を示す!」


「強引すぎるわ……」


 しおりの冷静なツッコミもむなしく、玖郎はさらにノートへと書き殴る。


「さらにッ! “432”という数字を音階で読むと──“ファ・ミ・レ”!」


 そう叫ぶと、彼は胸の前で手を振るわせた。


「音階は下降している! 下降──それは《堕ちた者の暗示》……!」


「やばい、ちょっとそれっぽいわ……」


 しおりはそっと口元をおさえ、心の距離を取ろうと一歩後ずさる。


 玖郎の瞳はますます鋭くなり、声は演説家のように教室に響き渡る。


「つまり432番ロッカーは、“堕ちた者の記憶”を封じる、忌まわしき檻だったんだ……ッ!」


「そうじゃとしたら、そんなんに体操服入れる山口がいちばん怖いんよ…」


 ぽつりと漏らしたしおりの一言に、空気が一瞬だけ現実に戻りかけたが──


「山口は選ばれし者──いや、“鍵を失った者こそ、真の扉を開く”という選定……!」


 玖郎は立ち上がり、教室の窓から差し込む夕日を受けて、空へと指を差した。


「世界が、彼に何かを託したんだ……ッ!」


「そんな壮大な話じゃないじゃろ!」


 ついにしおりの渾身のツッコミが炸裂した、そのとき。


「おーい、玖郎く〜ん!」


 校庭からのんびりとした声が響いた。見ると、山口が手を振っている。


「体操服入れたけど、ロッカー閉まらなくてちょっと開いてまーす!」


 玖郎の動きが、ぴたりと止まる。


「まさか……開かずのロッカーが……今度は閉まらずのロッカーに……!?」


 硬直したままつぶやく玖郎の背に、しおりの静かな声が追い打ちをかけた。


「それただ体操服が挟まっとるだけじゃろ!!」


 夕日に染まる教室に、ツッコミの残響だけが虚しく響いていた。


「あ。もうこんな時間だ。メカメカ☆アイドルが始まるじゃないか!」


 しおりもあわてて追いかける。彼らの足音が廊下に響く中、ふと校舎の奥で、誰かがぽつりとつぶやいた。


「……あのロッカー、ネジ一本外れとるだけなんよな」


 生活指導の鬼門先生だった。


(次の事件も大体3Pで解決します)

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