表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/46

第30話~浦崎と潮風とすこしの後悔と~

「……よし、行き先はこれで決めよう。」




 そう言って、帰野玖郎はどこからか取り出したダーツと福山市の地図を、放課後の黒板に広げた。




「ダーツで……?」と、山口が戸惑い気味に聞く。




「明日は大切な日だからな。しおりの誕生日だ。」




「え、なにその決め方。普通もっと計画するやろ?」


 福山しおりは呆れながらも、どこか楽しそうに笑った。




「ダーツは人生の縮図だ。偶然は必然を呼ぶ。」




「はいはい。まあ、誕生日やし、どこでも楽しめればええんよ。」




 玖郎がダーツを振る。


 ダーツが刺さった先は、*浦崎行きのバス停*だった。




「まさかの浦崎!私、ここ行きたかったんよね!思い入れがある場所なんよ。」




 しおりが嬉しそうに叫んだ。




「そうなのか?どんな?」


 玖郎は興味を持った様子だ。




「『風の後悔こうかい』ってゲームの舞台なんよ。」




「それ、どんなゲームなんだ?」




「なんというか…音だけのゲームっていうか。」




「それはゲームなのか…?」




「絵のないゲームじゃね。目に見えるものだけを信じるとだめじゃ。そうするとこのゲームの良さはわからんけぇね。」




「なるほど?」




「自分の小学生の頃の初恋のこととか、今思うとセピア色に思えてくるじゃろ?そういうことなんよ。このゲームは」




「それが浦崎となんの関係があるんだ?」




「良いかい?玖郎君!行けばわかる…はず。今から予習しんさい。」




「うむ…興味はあるな。しかし浦崎は不便な場所ではあるな。車が必要だ。」




「浦崎……?あ、実は親戚の別荘がそこにあるんです。自転車を用意してもらえますよ。」




 山口が、さらっと爆弾を落とす。




「え、それ先に言えや!!」


 しおりが全力でツッコむ。




「ふっ……これもまた、必然か。」




「絶対偶然じゃけぇ!」




 こうして、帰宅部の誕生日旅行は、浦崎行きに決まった。






「いや~、いいとこじゃね、浦崎。この空気。この海。この海岸。海沿いの町。インスパイアされるものがあるなー。」




 バスに揺られ、海沿いの町に降り立った三人は、まずは山口の親戚の別荘へ向かい、そこで自転車を借りることにした。




「親戚の家、勝手に使っていいん?」


 しおりが聞くと、山口はニコニコしながら答える。




「はい、昨日連絡したら『どうぞどうぞ』って。あと自転車も使っていいって言われました。」




「ほー、それは助かる!」




 玖郎はサドルにまたがり、ふっと笑う。




「運命が俺たちに、浦崎を駆けろと言っている。」




「そうじゃね。これで観光しやすくなったわぁ。」




「浮いたお金で、しおりの誕生日プレゼントを探そう。」




「……あ、ええやん。」




 照れ隠しのようにしおりは早々にペダルを踏み出した。


「この先、スーパーとかコンビニないんで、今のうちに飲み物とか買っておきましょう」


 海沿いの町にたった一軒しかないスーパーに立ち寄る。このお店に地元の人が集まるのだろうか。


 海の中に立つ赤い鳥居。常夜灯。細い海沿いの道。


 浦崎の潮風は、思ったよりも柔らかく、遠くで造船所が静かに稼働している。



「この海に立ってる赤い鳥居。宮島のやつと同じなんじゃね。地元にもこういうのあるんじゃね。」




 玖郎は狭い道を走りながら、ふと遠くを指さした。




「……あの造船所。あそこでは、きっと極秘の巨大船を作っている。」




「いや、どう見ても普通の造船所じゃけ。」




「油断は禁物だ。町の静けさは、秘密を隠す最良のカモフラージュ。」




「もう推理始めとるし…」




 山口は黙々とサイクリングを楽しんでいる。


 ときどき、「あ、ここ、親戚に連れられて来たことあるかも」と懐かしそうに口にする。




 玖郎は細い路地に入り、「この道は、異世界への入り口かもしれん」と呟いたが、すぐにしおりに引き戻された。




「ただの生活道路じゃろ!」



 浦崎の、海は静かだった。


 潮の香りは柔らかく、海岸沿いにポツポツと常夜灯が点在している。




「……おー、ええ雰囲気じゃな。」




 しおりがペットボトルを片手に、港町を見渡す。


 山口はスーパーで買ったアイスを嬉しそうに食べている。




 そんな中、玖郎はふと、海に沿って並ぶ常夜灯を指さした。




「なあ、しおり、山口……あの常夜灯、なんであんなに点在してると思う?」




「へ? そりゃ、船が夜でも帰ってこれるように――」




「違う。」




 玖郎が真顔で、しおりの言葉を遮る。




「……あれは異世界の入り口だ。」




「出たー!」




 しおりは吹き出したが、玖郎は一切崩れない。




「よく見ろ。浦崎には必要以上に常夜灯がある。どこまでも続くように、まるで“異世界への道しるべ”だ。」




「たまたま漁港が多いだけじゃろ!」




「いや、常夜灯の配置が不自然だ。途中だけ感覚が狭くなっている。つまり、あそこに……ゲートがある。」




 山口が興味津々で食いつく。




「異世界、行ってみたいです!」




「だろう?よし、探検に行こう。」




 玖郎が自転車にまたがる。しおりは呆れながらも、ペダルを踏んだ。




「しょうがないのう……つきあったるわ。」






 海沿いの道を、常夜灯を左折し山の方へ進む三人。


 潮風は少し冷たいが、ペダルを漕ぐ足は軽い。




「しおり、恐れてはならん。」




「いや、別に怖くないけど……玖郎がテンション高いだけじゃけ。」




「ここから先、常夜灯の間隔が一気に狭くなる。……見ろ、やはり。」




 玖郎が指さした先、確かに灯りの距離が少し詰まっている。




「これが“入り口”だ。」




「いやいや、ただの港の角じゃろ。」




 玖郎は真剣に自転車を降り、足音を忍ばせて進む。




「慎重に行くぞ……異世界の門は、音に反応する可能性がある。」




「いつも思うけど、その情報どこから来とるん?」




 山口は小さく笑いながらも、少しだけドキドキしていた。




「あの。多分この道進むと岬に出ますよ。そこの近くに温泉があるみたいなんです。せっかくなんでそこまで行ってみませんか?」




 しおり、玖郎、山口の三人は山道を自転車で走っていた。




「この先にほんとに岬があるん?そして温泉!いいね、温泉行きたいわ!」




「だろ?こういうのは、思いつきで行くのが面白いんだ。」




 道はどんどん狭くなっているような気がする。軽四が一方通行でギリギリ通れるくらいだ。




「ほんとに岬までいけるん?」




「大丈夫、大丈夫」




 玖郎の自信に引っ張られ、しおりと山口も続く。




「一応、スマホのナビで調べたんですけど岬までいけるっぽいです」




 舗装されていない、少しガタガタした道。


 タイヤが砂利を踏む音だけが、静かな夜に響いていた。




「結構奥まで続くんじゃな……。」




「この先に、岬の端があるはずだ。」




 段々と道が狭くなり、草が自転車のハンドルに触れる。




「なんか、だんだん不安になってきたんじゃけど……。ホラーゲームにでてきそうじゃ…」




「平気だ。冒険だ。」



 玖郎が笑いながら前を走る。


「ほんとに大丈夫なん?なんか壊れた祠みたいなのもあるし…」



「この坂を下ったあたりが岬のはずです。ナビではそうなってます。」


 しかし、ふいに。




「……行き止まりだ。」




 山道の一番端まで辿り着くと、最後の常夜灯があった。




 目の前は低いフェンスで塞がれていた。


 その先は、ただ黒い海が広がっている。




「えっ……ここで終わり?」




「終わりだ。」




 しおりが玖郎に詰め寄る。




「……異世界の入り口、なかったな。」



  玖郎はフェンスに手をつき、遠くの黒い海をじっと見つめた。



「そもそも最初から無いって言うとったじゃろ!」


 

  しおりが笑いながら玖郎の背中を軽く叩く。


「まさに後悔リグレット


「こういう後悔リグレットはいらんのんよ!もっと、初恋とか、小学校の思い出とか。そういう話じゃろ!?」


 

 山口はフェンス越しに、夜の海を見ていた。



「でも、なんか……ちょっと、いいですね。こういうの。」



「こういうの、って?」


  玖郎が振り返る。



「行き止まりとは知らずに、ここまで走って来て、目的地ではなく、ここでみんなで海を見て、戻る……そういうのが。」



「『知らない』ということは一度知ってしまうと二度と体験できないことだよ。この景色はもう二度と忘れることはないだろうな。」


 玖郎が笑い、しおりもふっと笑顔になる。



 しばらく、言葉もなく、ただ波の音を聞いていた。


「誕生日なのに、なんも特別なことないけぇ。」



 しおりがぼそっと呟く。


「いや、これが特別だ。」


 玖郎が静かに言う。


「ダーツが導いた偶然、山口の親戚の別荘、道に迷いながらのサイクリング……全部が繋がって、今ここに辿り着いた。」



「……まあ、そうじゃな。なんか、無駄じゃなかったね。」


 潮風が三人を優しく撫でる。



「ところで、温泉は?どこが岬じゃ!行けんかったじゃろ!」




「いや、こういう“行き止まり”もまた一つのロマンだ。」




 玖郎はフェンス越しに海を見つめる。




「考えてみろよ、もしこのフェンスを越えた先が“異世界”だったら。」




「越えたら即、海なんじゃけど…」




「そうだ、つまり……異世界への入り口は、時に海の底にあるんだ。」




 しおりは少し呆れながらも、静かに笑った。




「……まあ、今日はええ思い出になったかも。」




 波の音が、耳に心地よい。




「……温泉なかったけどね。」




「いや、これが答えだ。」




 玖郎はゆっくりと振り返る。




「異世界は“ここにない”と、証明できた。」




「え、行けんかっただけじゃろ。汗かいたし、温泉ですっきりしたいんじゃけど…」


 しおりはそう言いながらも、どこか楽しそうに笑う。


「まさに『風邪の後悔リグレット』だな」



「そういう意味の『風邪』じゃないんよ!」




 山口もこくりと頷く。




「来た道。引き返しますか…」




「異世界への道は今は閉ざされているのか。」




 玖郎の冗談に、しおりは肩を揺らして笑った。




「じゃあ……次は“開いとる時間”に来よか。」




「ふふ、約束だ。」






 山口もほっとしたように言った。




「でも、三人でこうやって走るの、なんか楽しいですね。」




 玖郎はしおりに視線を送る。




「しおり、今日の誕生日、どうだった?」




 しおりは少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐに柔らかく笑った。




「うん。……まぁ楽しんどるかな。」






「ふっ、なら作戦成功だ。」




 玖郎は最後に、常夜灯を見上げながら呟く。




「でもな……もし、全部の常夜灯が灯ったら――」




「ん?」




「本当に異世界に、行けるかもしれん。」




 しおりは一瞬だけ、ゾクッとしながらも、笑って答えた。




「……でも、夜にこの道を通るのはやめとこうや…」




 玖郎はふっと笑い、ペダルを漕ぎ出した。




 常夜灯が照らす道を、三人の影がゆっくりと伸びていく。






 三人は引き返す。来た道を、笑いながら。




 その背中を、ひっそりと常夜灯が見守っていた。






 山道を引き返し、行くときに左折した常夜灯まで戻ってきた。




「右折したら岬へ行けたんですね。」




 達成感からか、潮風が心地いい。




「温泉、楽しみじゃな。」としおりが笑った。




 玖郎も頷く。




「うむ、温泉こそ、この旅のフィナーレにふさわしい。」




「温泉、早く入りたいです!」と山口も目を輝かせる。




 温泉の看板を見つけた。




「みらくの温泉、こちらと書いてますね。」




 そのまま意気揚々と進む三人。




 岬へ着いた。


 ……しかし。




「温泉?ああ、潰れたよ。」




 地元のおばちゃんの一言で、すべてが崩れた。




「え!?でも、看板にはしっかり書いとったで!」




「そりゃ、看板を外すのがもったいないけぇ、そのまんまにしとるんよ。」




 玖郎は真剣な顔で呟く。




「……温泉、神隠し事件だな。」




「いやいや、誰も隠してないけぇ…」






 帰り道、再び海沿いをサイクリングしながら、玖郎はぽつりと呟く。




「温泉は消えたが……この時間は、確かに残った。」




 しおりは笑って答える。




「ほんま、今日は楽しかったわ。ありがと。前からいきたかった場所じゃし。聖地巡礼した気分じゃ。」




「ふっ、誕生日旅行、成功だな。」




 山口は満面の笑みで、「次は誰の誕生日ですか!?」と聞く。




 しおりはクスクス笑いながら、前を向いた。




 目を閉じると今日の出来事や風景が思いだされる。


 何か創作意欲が湧いてくるようだった。




「温泉は入れなかったのは残念じゃったけど……」




 玖郎は最後に一言だけ、真顔で締めた。




「まさに『浦崎の後悔』だな」




「いや、『風の後悔』じゃろ!?」




 しおりのツッコミが、静かな町に心地よく響いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ