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番外編~未知との遭遇~

 放課後の陽射しは、グラウンドの砂まで照らし返すような勢いで熱を孕んでいた。


 そんな中、福山しおりがスカートの裾をひらりと揺らしながら言った。


「うち、今日は寄り道したい気分じゃけぇ。冷たいおうどん、食べに行いこや」


 振り返るその笑顔に、玖郎と山口はすぐさま頷いた。彼女が行きたいと言うなら、理由など要らない。


「ふむ。小麦粉の探偵的側面について調べるのも、悪くはないな」


「駅前にずっと気になってたうどん屋があるんです。看板に“ネギ取り放題”って書いてあって」



 そうして三人は、黎進高校の坂を下り、夕陽に染まる商店街へと歩き出した。


 店の名前は〈麺処 にしやま〉。


 のれんをくぐると、どこか懐かしい木の香りが鼻をかすめた。中は思いのほか広く、壁には手書きの短冊メニューが並んでいる。


「おう、いらっしゃい。学生さんかい。ネギとあげだま、あっち取り放題やけぇな」


 奥から出てきた店主は、白い割烹着を着た、無口そうな初老の男性だった。が、その声はどこか柔らかく、あたたかい。


「……え、ネギ、ほんまに取り放題なん?おかわりも?」


 しおりの目が、キラッと輝いた。


「自由とは……選択と節度の試練……」


 玖郎が呟く。どうやら玖郎にとって、ネギ取り放題は哲学的命題らしい。


「とりあえず、注文しましょうか」


 山口の声で、三人はカウンターへと並ぶ。


「うちは、きつねうどん。そんで、かきあげもトッピングでお願い」


 しおりが注文を告げると、店主が無言で頷きながらメモを取った。


「俺は……肉うどんで。熱いやつを」


 玖郎は簡潔に、しかし確固たる信念を持ったような顔で頼んだ。


 そして最後に、山口が一歩前に出て――


「ぼくは……トマトカレー玉うどん、コロッケトッピングで!」


「……なんなん!?」


 しおりが思わずツッコむ。


「未知との遭遇、だな。トマトの酸味、カレーのスパイス、玉子のまろやかさ……すべてが融合したとき、うどんの新世界だ」


「胃袋で爆発せんことを祈るわ……」


「意外性の中にこそ、真理は宿る……」


「もう、話がでかいんよ!」


 席に着くと、しおりは薬味コーナーへ小走りに向かった。


「うひょー!ネギ、取り放題ってレベルじゃないでこれ!ネギ畑じゃ!」


 山盛りのネギをおたまですくい、丼ぶりを抱えて満足げに戻ってくる。


 そして、次々と料理が運ばれてくる。


 玖郎の肉うどんは、たっぷりの甘辛牛肉がうどんを覆い、その香りだけでご飯が食べられそうだった。


 しおりのきつねうどんは、大きなおあげがどんと乗り、さらに別皿でかきあげが添えられていた。


「このかきあげ、サクサク音する系じゃね。たまらんわ〜」


 と、しおりは丼にかきあげを半分だけ崩して入れる。


 最後に、山口の“トマたまカレーうどん”が登場した。


 赤みがかったカレースープに、とろけた玉子。コロッケが中央に鎮座し、まるで主役のような風格を放っている。


「……これが、未知との遭遇……」


「見た目の破壊力すごいな……」


 しおりと玖郎がじっと見つめる中、山口が一口――そして目を見開く。


「う、うまいっ……! トマトの酸味とスパイスの融合! コロッケの甘みと、玉子のまろやかさが、全部……全部絡み合ってる!」


「……一口、もらってもええ?」


「どうぞどうぞ!」


 しおりも、玖郎も、それぞれの丼ぶりを少しずつ残しつつ、トマトカレーうどんをひと口。


「……うっま……!」


「これは……“真理の一杯”……か……」



「……これが、第三種接近遭遇みちとのそうぐう……」


 しおりと玖郎がじっと見つめる中、山口が一口――そして目を見開く。


 山口はコロッケに箸を差し入れると、サクッと崩し、スープにゆっくりと溶かしていく。


「え?なにしよん?」


「ここからが、本当の未知との遭遇なんです!」


 崩れたコロッケがカレーに馴染み、ルウがより濃厚な風味をまとっていく。

 ポテトの甘みがカレーのスパイスを優しく包み込み、そこに玉子のとろみが加わることで、味わいはさらに複雑に――いや、進化していた。


「……うわ、これ、完成度跳ね上がったな」

「コロッケが……カレーに“還元”されたんじゃ……」


「還元って……またなんか難しい言葉使いよる!」


 まるで、コーンポタージュのようにコロッケがうどんのスープに溶けていく。

 濃厚な味わいに3人は舌鼓を打つ。


「これ……ほんまに店のメニューなん?」


 しおりが、山口のトマトカレーうどんをじっと見つめながら尋ねる。


 すると、カウンターの奥で会計をしていた店主が、ぽつりと口を開いた。


「それな、うちの娘が考えたんよ」


「えっ、娘さんが?」


「大学で料理の勉強しとってな。『うどんに合う洋風アレンジ』ちゅうて……最初は“絶対あかんやろ”思うたけど……今じゃ、うちの人気メニューになっとる」


 その目はどこか、誇らしげで、ちょっとだけ照れくさそうだった。


「……すごいなぁ。美味しい上に、そんなドラマまであるなんて」


 しおりが、ほんのり優しい顔で呟く。


「おいしさの裏に、物語があるんやな……」


 玖郎も静かに頷いた。


「あと、ネギの取り放題も最高です」


 山口のひと言で、全員がふふっと笑った。


 食後、満腹で頬をさすりながら、しおりが薬味コーナーへふらっと戻った。


 そして、ポケットからビニール袋を取り出して――


「よし、ネギ、お持ち帰り……」


「おい、こら」


 即座に店主の鋭い声が飛んだ。


「ネギは取り放題でも、持ち帰りはあかんで」


「うぇっ……!? み、見つかった……!」


「当たり前だろ…」


 玖郎と山口に突っ込まれながら、しおりは慌てて袋を隠した。


 ――だが、店主はそれ以上何も言わず、代わりににやっと笑ってこう言った。


「けど、気に入ってくれたなら、また食べに来てくれや」


「……もちろんじゃけ!」


 しおりの笑顔に、店主は満足げにうなずいた。


 店を出ると、夕陽が街をオレンジ色に染めていた。


 川沿いの歩道を三人で並んで歩く。心地よい風が頬をなでる。


「……やっぱ、放課後のグルメって、最高やねぇ」


 しおりの言葉に、玖郎が答える。


「腹が満たされると、心も落ち着く。謎解きに必要なものの一つだな……“うどん”という名の、真実が」


「何いっとんや、それ。意味わからんし!」


 その声が響いた次の瞬間、しおりがポケットから小さなメモ帳を取り出した。


「今日の“食レポ記録”、書いておくわ。タイトルは……“未知との遭遇、トマトカレーうどん編”!」


「それ、シリーズ化する気ですか!? 毎週食べ歩きとか。いいですね!」


「それも、悪くないかもしれんな……帰宅部、グルメ調査班として活動を」


「どこまで広げる気なんよー!」


 三人の笑い声が、夕暮れの商店街に、心地よく溶けていった。



「――美味いもんには、真実が宿る。カレーでも、うどんでも、コロッケでもな」


「なにそれカッコつけとん?」

「いや、今のはちょっと決まってたと思って……」


 しおりは肩をすくめる。


「なにそれ!? いや急に“名探偵ヅラ”すなや!ただの食レポに真実とか要らんけぇ!」


 そして、またしおりが叫ぶ。


「てか、“真実”ってあんた言いたいだけじゃろ!?」


 玖郎はツッコミの嵐を、どこ吹く風とばかりに受け流す。

 その背中には、帰宅部の名にふさわしい余裕と、わずかな満腹感が漂っていた。


 お腹も心も満たされた午後。空は、少しだけ夏の匂いがしていた。






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