第29話~音だけの階段~
黎進高校の放課後は、意外と静かだ。
──いや、玖郎にとっては、*推理の幕が上がる時間*である。
「玖郎。うち、今ちょっと怖いこと聞いたんじゃけど」
教室の後ろの机に寝そべる玖郎へ、新聞部の福山しおりがプリント片手にやってきた。
「……購買に“謎のピザまん”が並んだ話か? あれはただの賞味期限切れだぞ」
「ちがうじゃろ!」
しおりが机をばんと叩く。玖郎の体が微妙に揺れた。
「うち、聞いてしもうたんよ。黎進の──*七不思議*の話」
「……ほう」
その瞬間、玖郎の瞳がキラリと光る。ガバッと起き上がり、しおりの肩をがしっと掴む。
「何番目だ!? 七不思議、何番目のやつだ!?」
「知らんけど! ただな──“誰もおらんのに、階段から足音だけが聞こえる”っちゅう話なんよ」
「……それは」
玖郎がふっと目を閉じ、背後の夕焼けを浴びながら静かに呟いた。
「音だけが残る亡霊──“音の地縛霊”か……」
「いや、そんなそれっぽい名前つけてどうするんよ」
──というわけで、放課後の階段で張り込みを開始する玖郎。
同じ帰宅部の山口も、しぶしぶ付き合っていた。
「……なんで俺まで?」
「心霊調査には“恐怖係”が必要だ。お前は怖がり枠だからだ」
「偏見じゃろ!」
階段の踊り場。3人は物音一つない校舎の中、しんとした空気の中に身を潜めていた。
次の日も、そのまた次の日も、玖郎は調査を続けた。
しおりは呆れ、山口は早々に脱落した。
やがて玖郎は、新たな仮説を立て始める。
「音の発生源は階段の素材に記憶された“霊的残響”……それが時間とともに再生されているのだ……!」
「言っとくけど、あんたが今喋っとるそれ、全部でっちあげじゃけえね」
──そして4日目。
──カツン。カツン。カツン。カツン。
4歩分の足音が、放課後の階段に静かに響いた。
「き、聞こえた……!?」
山口の肩がビクッと揺れる。
──カツン、カツン、カツン、カツン。
「来た! これは……4歩分の足音!? ぴったりだ……!」
玖郎、前のめりになる。顔が本気モードだ。
「この“4”という数字……“死”を表しているッ! つまりこれはメッセージ! 霊界からの警告か!? しおり! 記録しろ!!」
「せんわ!」
玖郎は肩を震わせながら、ノートを取り出す。
目はギラつき、鼻息は荒い。テンションが明らかにおかしい。
「“四歩目で止まる足音”……これは明らかに、“伝えたかったが伝えられなかった言葉”を暗示している……!」
「え? どこが?」
しおりが目をぱちくりさせて聞く。
「つまりこういうことだ、しおり──!」
玖郎は腕を組み、ズズイと前に出る。
「その足音の主はかつてこの学校に通っていた生徒──誰にも気づかれない存在だった!」
「彼女は密かに恋をしていた。しかし、想いを伝えることもなく、ある日事故で……」
「事故!? 誰が!?」
「で、その想いはこの階段に取り憑いた……。「四歩」、つまり“四つの文字”。“す・き・だ・よ・”。」
「四文字ってほかにもあるじゃろ…」
「それ以来、毎日同じ時間に、彼女はこの階段を4歩だけ降りるのだ……。“伝えられなかった告白”として──!」
バァーンッ!と謎の効果音が脳内で鳴り響く。
「なんでそんな切ない話になっとるんよ!!」
しおりがすかさずノートで玖郎の頭をはたく。
「ちょ、ちょっと待って……。それって、*ラブレター的な地縛霊*《ラブ・ファントム》ってこと……?」
山口が妙に感情移入してしまっている。
「いや、それどころじゃない……!」
「仮に彼女が“幽霊”じゃなく、“別次元の存在”だったとしたらどうだ……?」
「は?」
「この階段自体が“異界と現実をつなぐゲート”で──」
「彼女の足音は、パラレルワールドの“もう一人の自分”から漏れ出した音!!」
「話、飛びすぎじゃろが!!」
玖郎はもう止まらない。
ノートに矢印や図形を描きながら、テンションは最高潮。
「もしかすると……この学校全体が“ループする時空の檻”の中にあるのかもしれん……!」
「言うとくけどなあ、玖郎」
しおりが疲れた顔でつぶやく。
「うちら、普通の高校生じぇけぇね…ギャグ漫画の住人じゃないんよ……?」
──そして、踊り場の影から音がした瞬間、階段の下から現れたのは──
「……え、清掃員のおじさん?」
「……あ、どうも。毎日この時間にゴミ拾いしててねぇ。ほら、下に紙ゴミがよく落ちとるから。四段だけ降りて、いつも確認しとるんよ」
しおりが真顔で玖郎を見る。
「……玖郎」
「ま、待て。まだ確定はできん。あの靴音、もしかしたら記憶の中の──」
「終わったんよ…」
──七不思議の“音だけ階段”の正体は、仕事熱心な清掃員さんでした。
……静寂が戻った階段。
清掃員のおじさんは軽く会釈して去っていった。
「なあ、しおり……俺、もうちょっとだけ粘ってもええかな」
「もうええって。音の地縛霊とか、勝手に名前つけただけじゃし……」
教室に戻った玖郎は、静かに日記帳を開いて書き残す。
─音だけの怪異──それは、誰かのまっすぐな生き様だったのだ
「……これで今日の謎も、また難しいな」
「……もう終わったじゃろ!?」
そのとき──。
──キュルキュルッ、カツン。
階段の下から、*静かに足音が響いた。*
「……!」
全員が息を呑んだ。
「さっきとは違う足音だ。やはり…」
──そして現れたのは。
モップとちり取りを持った*清掃員のおじさん*だった。
「あ、ごめんね〜。この時間、よくここに紙くず落ちとるからさあ」
「あ……」
「音、響くでしょ。ゴムの靴底の裏がな、ちょっと硬くて……」
玖郎、しおり、山口──3人、完全にフリーズ。
そして清掃員のおじさんはまた3人に会釈して去っていった。
「じゃあ、ほんとにあの足音は……」
玖郎がノートを閉じ、少し寂しそうに呟く。
「ふ、思ったより“普通”の結末だったな……だが、それがトリックだとしたら?」
「それが現実なんよ。残念じゃったな、玖郎」
しおりが小さく笑って言った、そのとき──
──タッ、タッ、タッ、タッ。
また、足音が聞こえた。
「……!?」
全員の目が点になる。
「いやいや、さっきのおじさん、もう帰ったやん!!」
「やはり、真犯人は別にいる……!?」
玖郎、またもスイッチオン。
「第2の足音!? これは“音の共鳴型霊障”《サウンド・ランドマイン》……いや、“聖域に触れた報い”《サンクチュアリ・ペイン》か!?」
ガタッと立ち上がると、ポケットから何かを取り出す。
「……しおり。今すぐ“塩”と“方位磁石”を用意しろ」
「ないわ!」
だが、階段の踊り場にそっと姿を見せたのは──
*一匹の白い猫だった。*
カツン。カツン。
金属の手すりに飛び乗ると、小さな足音を響かせ、こちらをちらっと見て──
にゃあ、と鳴いた。
「…………」
「…………」
「…………」
玖郎がぽつりと呟く。
「これは……“猫型霊”かもしれんな……」
「ちゃうて!! ただの猫じゃて!!!」
しおりが全力でツッコんだ。
「……なるほどな」
玖郎が、静かに呟く。
「“音だけの階段”というのは──清掃員の無言の献身だったか……」
「いや、全然ちゃうから!!」
しおりのツッコミが、夕焼けの階段に響き渡った。
──音だけ階段の正体──清掃員と猫。人知れず校舎を守る者たちの音色であった。
(次回も無駄推理の予定)




