第3話~消えたプリントの謎~
放課後の教室は静かで、ほのかに消毒液のにおいが漂っていた。
窓際の席で、玖郎は腕を組みながら仁王立ちになっている。
「事件の匂いだ」
唐突な宣言に、福山しおりは思わず雑巾を取り落とした。
「またなん?今度は何が起きたん?」
しおりはあきれたような表情で腰に手を当てた。
髪は明るいショートボブ、腕には銀のアクセサリー、制服はゆったり着こなしていて、腰には校則違反のベルトが巻かれている。
「聞け、しおり……この教室で、未来が破られた」
「……だれの?」
玖郎が指さしたのは、ひとりの男子生徒──森川の机だった。
机の上には、一枚の紙が載っていた。破れ、端が汚れ、ところどころしわくちゃだ。
「これは……進路希望票?」
「そう。誰かが彼の“未来”を破ったんだ。ここに、壮大な陰謀の気配を感じる……!」
「感じとるのはあんたの頭の中だけじゃないん?」
しおりはふうとため息をつきながらも、その進路希望票に目をやった。
確かに紙は中央から斜めに破れ、テープで応急処置がされている。
「森川くん、何書いてたん?」
「『調理師専門学校に進学したい』って。料理の道、目指してるらしいな」
「……そういえば、調理実習の時もずっとサラダの盛り方こだわってたもんね」
しおりが思い返して笑っていると──
バタン、と教室のドアが開いた。
やってきたのは、ちょっと猫背で、髪が寝癖だらけのクラスメイト──山口だった。
彼はおずおずと、頭をかきながら歩み寄ってきた。
「……その進路票、オレが破りました……」
「事件解決だね…」
「……」
「いや、違うんすよ! 掃除の時間に、机の下拭こうとして、ちょっと前かがみになったら……勢いで机ごとひっくり返しちゃって。で、中に入ってた紙とかばらけて、慌てて拾ったんすけど、すぐに紙はもどしたんだけど。もしかしたらびりびりになってたかもしれなくて…」
「なるほど……つまりこの事件、犯人は“重力”。共犯者は“お前の運動神経”だな」
「また始まったわ…」
「破かれた進路希望票……それはまるで、料理人になる夢が、ざるそばのように水に流された瞬間……」
「ざるそば…て。」
しおりがぽつりとつぶやいた。
「でも、山口くん。机は倒して、進路表はばらけたかもしれないけど、破ってはないでしょう?」
「……えっ」
山口の顔が凍りつく。
「……ってことは、オレ……身に覚えない罪を自白しとる!?」
「どんだけ自白慣れとるんよ、あんた……」
その場の空気が一瞬にして凍りついた。
「だが、これはチャンスだ……!」
玖郎の目がぎらりと光った。
「なんなん…なんのチャンス?」
「──それがトリックだったとしたら?」
「それ言うの遅くない?」
「これはただの事故じゃない……破かれた進路票、そこには恐るべき“時間犯罪”が隠されていたのだ!」
玖郎はチョークを持ち出し、黒板に奇怪な線を引き始める。
「時は掃除時間……誰もが無防備な時間帯。森川の机の中には、進路票が置かれていた。だが、それは──昨日の森川によって、すでに出されたはずのものだったのだ!」
「え、意味がわからんし」
「つまり! この破れた進路票は、“過去から送り込まれた進路票”だったんだよ!」
しおりがぐっと顔をしかめる。
「いやそれ、どうやって送るんよ。ポストに“昨日”って書いとるん?」
「聞け! 今回の事件のキーワードは、“折り目”!」
玖郎は進路票の中央を指差した。
「この破れ目をよく見ろ。なぜ真っ二つに裂けたのか……それは、“時空が歪んだ”からに他ならない!」
「他にいくらでも理由あるじゃろ…」
「森川は、こう言っていた。『希望票は昨日書いて、提出した』と。だが──今日、同じ票が彼の机から発見された。これは二重提出でも、印刷ミスでもない。“時間の反復”……つまり、“タイムループ”の兆候だ!」
「出し忘れただけじゃね?」
「むしろ、学園全体がすでに“ループ内”にいるのかもしれない!」
「ループ警察、出番じゃあ!」
しおりが思わずツッコむが、玖郎の暴走は止まらない。
「この破れた票こそが証拠。“前のループ”で提出された票が、なぜか現ループに持ち越された──だが、世界のバランスを保つため、時の守護者がこの進路票を“破壊”した!」
「その守護者……それ掃除当番じゃないん?」
「違う。“破かれた未来”……それは、時間の修正力による結果。つまり山口は、知らず知らずのうちに“時間修正機構の使徒”となっていたのだ!」
「山口どこに就職するん?」
「しかも注目すべきは、森川の進路。“調理師”……!」
玖郎はチョークで「調理」と書いた。
「“調理”──すなわち、素材を切り刻み、再構成し、新たな形を与える行為……! つまり森川は、無意識のうちにこの世界を“再構築”しようとしていたのだ!!」
「どこの学校に進学する予定だったん?」
「だが、それを危険視した世界が、進路票を破壊し、森川の夢を阻止した。すべては、“世界の自動防衛機構”の仕業だッ!!」
「それ…なんなん…?」
「犯人は──地球。」
「デカすぎるんじゃぁぁ!」
そこに森川が教室に入ってくる。
森川がぽつりと口を開く。
「進路票、出し忘れてて。さっき見たらなんか汚れてて。それで破ってしまって。……先生に言ったら“新しいのもらえるよ”って。で、新しいのさっき職員室で書いてた。」
「……そうか」
玖郎はゆっくりとチョークを置いた。
「では、我々が今行っていた30分の推理は……」
「“時間の無駄”じゃね?」
「いや、“時間への冒涜”だな……!」
玖郎がそう呟くと、誰からともなく笑いがこぼれた。
その日の夕暮れ、誰もが忘れかけていた進路希望票の事件は、ただの“掃除中の事故”として幕を下ろした。
だが、玖郎は窓の外を見つめながら、小さく呟く。
「……気づかれなかったか。もう一枚の破れた票が、まだこの教室に存在しているということに──」
「…もう帰えろうや…」
「メカメカ☆アイドルが始まるしな!」
✦次回予告✦
『帰宅部探偵・帰野玖郎』第4話「開かずのロッカーと忌まわしき鍵」
教室の片隅に、誰も開けたことのないロッカーがある。
触れられることなく、存在を忘れられ、ただ静かに佇むその鉄の扉──
「見つけたぞ、“封印された7つ目のロッカー”……これは学園に伝わる“禁断の鍵事件”だ!」
新たなる“無駄な事件”が幕を開ける!
秘められた鍵穴、消えた体育着、そして炸裂する無駄推理!!
果たしてロッカーは開くのか!? いや、開かない方が世界のためかもしれない!
次回、『開かずのロッカーと忌まわしき鍵』──“犯人は、山口です”
(事件は大体3p以内で解決します。)