番外編 前編~鉄板の戦場と、ホックのゆるみ~
──ある日の放課後
「もう……限界かも……」
福山しおりは、お腹をさすりながら廊下にしゃがみ込んだ。ミニスカのベルトが、ぎりぎりの攻防を繰り広げている。
「どうしたんだ、しおり」
「ホックが……敵じゃ」
「何と戦ってるんだ君は」
玖郎が呆れ顔で立ち止まり、しおりの前にしゃがむ。
「最近なあ、うち……ちょっと食べすぎたかもしれん。昨日なんて、晩ごはんのあとに冷蔵庫のプリン食べてしもうてな……。あれ、妹のやつだったのに」
「犯罪の告白はしなくていい」
「言っとくけど、これは成長期じゃけえ!女の子はよう食べて育つんよ!」
「いや、それを育つと言うのかどうか……」
(うちの食べたものが、下半身のお肉になりようる気がする…)
そのときだった。
「お好み焼き食べにいきませんか?今日なんか半額らしいです」と山口が教室からひょっこり顔を出した。
しおりの目が、ぎらりと光った。
「ええな、それ!行こ!」
玖郎が思わず言った。
「さっきホックと死闘してたんじゃなかったか!?」
──こうして、帰宅部一行+αの**お好み焼きツアー**が始まるのであった。
鉄板を囲むメンツたち
場所は、駅近くの鉄板焼き屋『まるや』。
昭和感漂うカウンターに、ぎゅっと4人が肩を並べて座っていた。
玖郎、しおり、山口、そしてもう一人──
「鉄板の熱で、誰かさんのカロリーが燃えてくれるとよろしいのですけれど」
生徒会書記、葛城静
ふんわりしたウェーブ髪に、整った眉。完璧なお嬢様スタイル。
なのに、口調が時折やたらリアルなところがクセになる。
「わたくし、そば入りでお願いしたいですわ。お好みの正道ですもの」
「うちはもちろん、うどん派じゃけぇ! もっちもちの太麺じゃないと!」
「あのー尾道焼で」
山口が、ややトーン軽めに言うと、鉄板にいた店主が「ん?」と振り返った。
「……え? 尾道焼……」
メンバーが一瞬固まる。
「おっ、わかっとるのぉ! ちゃんと**砂肝**入れちゃるけえの!」
店主が頷く。
「……今、なんと?」
「……尾道焼?」
「え、ダメかな?尾道焼、テレビで見て気になって……。砂肝好きなんだ」
静は、うっすら笑いながらも目が据わっている。
「山口くん……あなた、それは*空気を読まぬ愚か者の所業*ですわよ」
「ええ、せっかく鉄板を囲んで、広島の魂を分かち合う場じゃというのに……」
と、しおりが小さく嘆く。
「ご、ごめんて!でも尾道も広島だし…」
「ええよ、ええよ」
しおりは、ふいににっこりと笑った。
「それ、うちが*半分もらうけぇ*」
「えっ、うそだろ……俺の……」
「お好み焼きは別腹じゃあ!」
「またホック緩むぞ?」
「そんときはまた外しゃええんよ!」
──そして現在、戦場は鉄板の上に移った。
「ちょ、ちょっと店長さん……この“特盛山盛りスペシャル”って……ほんまに一人前なん?」
鉄板を前に、しおりの顔が若干ひきつっていた。
トッピング全部盛りの巨大お好み焼きは、もはや円盤。まさにカロリーモンスター。皿から余裕ではみ出している。
「さすがに……それ頼むの、しおりだけだと思うが」
玖郎が呆れを通り越して、若干感心していた。
「ふっ……なめてもろうたら困るで。これは戦いなんじゃ、うちとホックのな!」
しおりはミニスカのベルトを緩めながら、箸を構える。
「でもその、“ホックvs鉄板”の戦い、勝っても服が負けそうなんだが」
「黙っとれ、玖郎! 今こそ証明する時なんじゃ!うちが“別腹の女王”じゃってことを!!!」
「いや、初耳だよその称号」
その横で、山口が小さく拍手していた。
「しおりさん、応援してます!ホックに負けないでください!」
「なんやそれ、うち応援されとるけど、どこか悲壮感あるんじゃけど!!!」
──そして始まる、しおりの孤独な鉄板バトル。
「っっ……う、うまっっ!!!」
一口目で、顔がぱあっと明るくなる。
う、旨い。
チーズがとろけ、ソースとからんだ山芋がふわっふわ。鰹節が絶妙で、正直……最高だった。
「これは……罪の味じゃあ……」
しおりが目を潤ませて言うと、玖郎がつぶやいた。
「このまま終盤、ホックが耐え切れず戦線崩壊。君のミニスカが戦火に焼かれて終わる未来しか見えないんだが」
「うちはな……どんだけホックが苦しゅうても、完食する覚悟できとるんじゃ!」
「覚悟の方向、もうちょっと考えような?」
──戦いは、まだ始まったばかり。
ホック限界の中盤戦である。
(この小説はグルメものではありません。たぶん。)




