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第25話~コンプレックスとチャームポイント~

 ──ある日の朝。


 すこし寝坊気味だったしおりは、駅から学校までの坂道を早足で歩いていた。

「やばっ、遅刻ギリじゃ…!」

 バッグを肩にかけ直しながら、制服のスカートがすこしズレる感覚に違和感を覚える。


 ──なんか変。


 立ち止まり、さりげなくスカートの後ろを手で探る。


「…………な!?」


 指先が触れたのは、開いたホックと緩んだファスナー。


「うそじゃろ……なんで外れとん!?」


 備後弁が思わず漏れる。

 朝ごはん食べながら勢いで座ったせいか、それとも最近ちょっと太った…?


「ホックが留まらん…最悪じゃあ……」


 しおりは顔を真っ赤にしながら、周囲をキョロキョロ。

 人気のない小道に移動し、バッグの中から安全ピンを探そうとするけど──


 ない。


「まじか、なんでこんな時に限って……!」


 冷や汗と焦りで、額にじわっと汗が浮かぶ。

 このままじゃ、教室に着く前に“事故”ってしまう。


「うち、今日……帰りたい……」


 涙目で立ち尽くしていたそのとき。


「……何してるんだ、しおり?」


 声をかけてきたのは、玖郎だった。


「な、なんもないっ!見んといてっ!」


 しおりは慌ててスカートの後ろを押さえる。


「何もないって顔じゃないぞそれ……後ろ、なんか変だ」


 玖郎は少し眉をひそめて、しおりの背後に目をやる。


「いやっ、来んとってぇや!」


「動くな。じっとしてろ」


 そう言うなり、玖郎はしおりの後ろに回り、無言でスカートのホックへ手を伸ばす。


「ちょ、ちょっ……何しよんよ!あんた……!」


「これは事件だ。制服に欠陥がある可能性がある。まずは応急処置を──」


「欠陥はうちの体型じゃあっ!」


 叫んだ瞬間、スカートが留まった。


 ……そのまま、静寂。


「……なおったな」


「……なおったけど」


 しおりは顔を真っ赤にして俯き、玖郎はさも当然といった顔で頷いた。


「ありがと……でも、見たこと忘れてな……?」


「見てない。これはただの整備活動だ。探偵七つ道具をつかってな」


 玖郎の手には安全ピンがあった。


「整備すな!なんなんその道具!」


 そのあと、ふたりは気まずくも並んで歩き出す。

 しおりはうつむき加減で、ぽつりとつぶやいた。


「……ちょっと、やせよっかな」


 玖郎はその声に少しだけ驚いた表情を見せたけど、何も言わず、空を見上げて歩き続けた。



 ──次の日。


 昼休みの教室、しおりは窓際でベルトを締め直していた。


 スカートのホックは、例によって……開けたまま。

 ベルトが“それっぽく”見せてくれてるけど。

 ──これはこれでしっくりくる。


「うーん……これ、ギリギリやな……」

 小さくつぶやいて、しおりはお腹をつまんでみる。


(ちょっと前より……やっぱ増えとるんちゃう?)


 でも、それよりも気になることがあった。


 しおりはスカートのお尻に手を当てていた。


 お尻をつまんでみる。


(うぅ…やっぱりこっち…これうちの…ちょっとコンプレックスなんよな)


 自分でもわかっている。


 うちはお尻が大きいのだ──。


(食べたものがこっちに周って来てる気がする…)


「それ、新しいスタイルなのか?」

 声をかけてきたのは、帰野玖郎だった。


「へっ!? な、なんの話よ!?」

 慌ててしおりはベルトに手を当てたまま、無理やり笑う。


「いや、そのベルト。その巻き方。」


「なんなん!これはファッションじゃあ!」


 玖郎は目を細めて、ふっと笑った。


「そうなんだ。似合っとるぞ。ホックが外れてるのもしおりらしい」


 しおりは顔を赤らめて、ぷいっとそっぽを向いた。


「しかし、妙だな。ホックが外れる…これは何かの事件の暗号だな。良く見せてみろ」


「ちがうじゃろ!」

 しおりは思わず突っ込む。


(なんなん…無神経に……似合ってる、てなんなんよもう……)


 でもその言葉が、ちょっとだけ胸に刺さった。

 似合ってると言われて…。

 認められたみたいで。

 “誤魔化してるだけ”ってほかから思われてると思ってたから。

 それが、少しだけ悔しかった。


 でも──。

(うちのコンプレックスな部分もええって言ってくれるんじゃな)



 ──放課後、しおりはいつものコンビニの前を素通りした。

 好きなスイーツがずらっと並んでる棚の前で、一度だけ足を止める。


(今日は……やめとこか)


 その日から、しおりはこっそりダイエットを始めた。



 ──次の放課後、しおりはコンビニの前で足を止めた。

 いつもなら、スイーツの棚に目が行くところだが、今日は違う。

 目の前に並ぶお菓子たちをひととおり眺めると、思わず小さなため息が漏れた。


(ああ……これ、食べたいけど、今は……)


 手が伸びるのをぐっとこらえ、視線を上に移す。

 自分に言い聞かせるように、しおりは自分に言葉をかけた。


「今日は……お菓子じゃなくて、野菜サラダ、でしょ。」


 でもその言葉に、どこか不安な気持ちが湧き上がる。

 何かが心に引っかかる感じがした。

 それは……最初に決意した「ダイエット」への不安だった。


 しおりはコンビニを出ると、少しずつジョギングを始めた。

 足取りはぎこちなく、最初はすぐに息が切れたけれど、少しずつ体が慣れてくる。

 途中、クラスメイトが通りかかり、びっくりして目を見開いた。


「しおり、ジョギングしてるん?」


「え?うん、ちょっとね」


 その後、しおりは家の近くの公園で軽く筋トレをすることにした。

 だが、いざ始めてみると……筋肉が痛むのに気づいて、途中でギブアップしてしまう。


「うーん、やっぱり……最初はきついよね」


 うつむいて立ち上がると、ちょうどそのとき、後ろから声がかかった。


「しおりさん、何してるんですか?」


 振り向くと、山口が不安そうにこちらを見つめている。


「運動してるんじゃけど……うーん、やっぱキツいわ」


「無理しない方がいいですよ。体に負担かけても意味ないですから」


 しおりは少し照れたように笑って、手をひらひらと振った。


「大丈夫!ちょっとだけだし、まだまだ始めたばっかりよ」


「そうですか。でも、無理はしないようにお願いしますよ。しおりさんが無理して疲れてる姿みたくないですから。」


 その言葉に、しおりは少しだけ驚き、顔を赤らめた。

 でも、心の中では、少しだけ嬉しい気持ちがこみ上げてきた。


「それに、ダイエットでも痩せにくい箇所もあるみたいですから」

 山口はそういって視線を下げる。


(ああ……山口、なんか意外に優しいな)


 その後、しおりはもう一度公園を走りながら、自分の中で思ったことがあった。


(ダイエット、ってこんなに大変なんだ……でも、これが私にとって本当に必要なことなんだろうな。見た目だけじゃなくて、健康的に痩せないと意味ないし)


 その晩、しおりは冷蔵庫の前で立ち止まり、真剣に中身をチェックした。

 やっぱり、ちょっとだけお菓子に手が伸びる。でも、どうしても口にするのが惜しい気がして、結局……

 冷蔵庫のドアを静かに閉めた。


(私は……本当にやるんだ。絶対に、健康的に痩せるんだ)


 その思いを胸に、しおりはダイエットを続けることを決意した。

 無理をせず、少しずつでも確実に、自分のペースで。


 その日の夜、ふと鏡の前に立ったとき、しおりは不意に笑みがこぼれた。


「まあ、少しずつね。焦らずに」


 そして、鏡の中の自分を見つめながら、心の中で誓った。

 このままじゃ、何も変わらないことを――。自分をもっと大切にしよう、と。


 ふと気づいた。


「山口言ってたの痩せにくい箇所ってどこなんじゃろ…」


 しおりは山口の会話を思い出す。


 そして、山口の視線を思い出した。


 山口の視線の先には──。


 しおりは顔を赤らめたて、お尻を押さえる。


「あの変態!」


 お尻を押さえたままの姿でしおりのさけぶ声が部屋に響いた。



 ──後日、昼休み。

 教室でしおりが机に突っ伏していると、玖郎が隣に座って、ぼそりと言った。


「……なんか、しぼんでないか?」


「は?失礼じゃな!言い方ってもんがあるじゃろ!」


「つまり、頬がこけてるという意味だ」


「余計に失礼なんじゃけど!?」


 ぷくっと膨れるしおり。けれど、その表情には、ほんの少し自信が宿っていた。


「でもまあ……頑張っとるからね、うち。ちょっとずつだけど。」


 そう言って、スカートのベルトをキュッと締め直す。


「ほう、なら今後は“制服整備”の依頼も減るな。七つ道具の出番がなくて寂しい」


「安心せぇ!今度はホックが飛んでも呼ばんけぇなっ!」


 ぷんすか怒ってみせるしおりに、玖郎は少しだけ口元をゆるめた。


「……でもまあ、前より元気に見える」


 その言葉に、しおりはふいを突かれて黙り込んだ。


 ほんの一瞬だけ、目が潤んだようにも見えた。


「……ありがと」


 それだけ言って、そっぽを向いた。


「あばたもえくぼということわざを知っているか?」


「しっとるけど?」


「自分でコンプレックスって思っている部分も人によっては魅力的に見えるということだ」


「なんなあ…それ…褒めとるつもりなん?」


(痩せたかどうかなんて、まだまだこれからじゃけど)


 ──でも、気づいてくれたんなら──もうちょっとだけ、頑張れそう。


 窓の外を見ると、青空が広がっていた。


 ゆっくりと伸びをして、しおりは新しい一日を迎えるように、お尻に手を当てた。



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