番外編 後編~眼福の向こう側~
自分でも思う。
「俺は、きっと……どうかしている」
放課後の昇降口。福山しおりが、スカートのホックを外したままベルトをキュッと締めている姿に、今日もまた心臓を撃ち抜かれていた。
(うっ……あんなに堂々と見せつけて……くっ、眼福……ッ!)
彼女はギャルだ。金茶のショートボブ、ゆるっとしたカーディガン、そして規定ギリギリを悠々と超える超ミニスカート。
明らかに“風紀違反”なはずなのに、彼女が怒られてるところなんて一度も見たことがない。
「はあ……怒られたい。できれば、厳しく……!」
そんな妄想を繰り広げながら、耐田は今日も彼女の姿をそっと追ってしまう――。
だが、この日だけは少し様子が違った。
──ある日の放課後。
俺は、福山しおり嬢の隠れファンにして、黎進高校が誇る(非公認)観察部のただ一人の部員である。
俺はついに、長年の「謎」に踏み込む決意をした。
――しおり嬢は、放課後にどこに行っているのか?
部活にも出ていない。
じゃあどこへ?帰宅部? それとも……?
その答えを知るべく、俺はこっそり、こっそり彼女のあとをつけた。
(距離、保て。彼女に気づかれてはならぬ……!)
住宅街を抜け、細い裏道を歩き、
気づけば足は、学校の裏手にある古い神社の前へ。
(……こんな場所に何の用が?)
鳥居の奥へ消えるしおり。
俺は神様に土下座しながら、そっと木陰に身を隠す。
すると――見えた。
しおりが、持っていた紙袋から取り出したのは、キャットフード。
そして彼女は、神社の石段に座り、ぽんぽんと手を叩いた。
「……ほら、出ておいで。今日も来たよ」
しばらくして、どこからか猫が数匹、姿を現した。
ふわふわの茶トラ、黒猫、グレーのしましま。
どの猫も、警戒せずしおりの足元に集まってくる。
しおりは静かに笑って、餌を小皿に分けていく。
「うちさ、こんな格好じゃけぇ、よう“軽そう”とか“チャラい”とか言われるんよ。
でもな、ほんまはこういう時間が、一番好きなんよね」
猫の頭を撫でながら、彼女はふと小さくつぶやいた。
(……しおり嬢……)
その姿に、俺の胸はギュッと締めつけられた。
普段は誰の視線も気にせず、堂々としたギャルスタイルで校内を闊歩する彼女が――
誰にも知られず、こんな静かな場所で猫と向き合っているなんて。
しおりのミニスカはたしかに眼福だ。そこは否定しない。
だが今の俺が見ていたのは、誰にも見せない、ただ猫の前でだけ見せるそのやさしい笑顔だった。
「なぁ。クロ。」
しおりは一匹の黒猫を撫でた。
黒猫だから「クロ」なのだろうか──
人知れず、ひとりで、
こんな静かな場所で猫と過ごしているなんて。
「だれかさんとちがって。お前はかわいいな」
しおりのミニスカは、確かに眼福だ。
それは間違いない。拝み倒したいレベルである。
でも今、俺が見たかったのは、その笑顔だった。
誰にも見せない、
誰の評価にも関係ない、
ただ猫の前でだけ見せる、やさしい笑顔。
(推しになって、よかった……)
──ある日の放課後。
下校中と思われるしおりを発見した。
しおりは人気のない裏門を抜け、町外れの古びた神社へと向かっていった。
(また神社なのだろうか……?)
隠れるように鳥居の影から覗くと、彼女はしゃがみこみ、コンビニ袋からカリカリを取り出し始めた。
「……来とったん? 今日も、お腹すいとるんじゃろ」
出てきたのは、一匹の猫。しおりは笑いながら、優しく餌を置いた。
「うちも……今日はちょっと、気分が落ちとっての……。でもアンタ見とると、ちょっと元気出るわ」
その横顔は、学校でのキラキラした“無敵ギャル”とは違う、どこかさみしくて、優しい横顔だった。
耐田は思わずごくりと喉を鳴らした。
(……しおり先輩……そんな顔するんだ)
彼は、そのまま神社の木の陰から動けなくなってしまった。
(……い、今の表情、強すぎる……ッ)
彼の“推し活”は、この日から少しだけ真剣になった。
「にゃー」
不意に猫が鳴いた。
続いて、俺の隠れている方向から猫が一匹歩いてくる。
(やば……!)
俺は気配を悟られぬよう、その場をそっと離れようとした――が、
足元の枝を踏んで「パキッ」と音を立ててしまった。
(うわあああっ!?)
慌てて一目散に逃げる俺。
──その日の観察日記には、こう記した。
■5月15日(夕)
・しおり嬢、神社にて猫と対話
・ピアスと猫の目がリンク(神秘)
・声のトーン、ふだんより1オクターブ低くて優しい(好き)
・しおり嬢の笑顔
→彼女は、俺の1000倍、心が綺麗だった。
……そして翌朝。
昇降口でしおりにばったり出くわした。
視線が合った瞬間、彼女がくすっと笑う。
「……あんた、昨日……神社、来とったじゃろ?」
「い、いや……そ、そんなわけ……!」
彼女は笑いながら、俺に何かを差し出した。
「これ。落としとったけぇ」
それは――俺の生徒手帳。
「あ……ああっ、昨日……」
どうやら逃げ帰るときに落としていったらしい。
「君、耐田君っていうんじゃね。ま、ええけど。猫、かわいいじゃろ?
でも、あのことは――2人だけの秘密にしとってや」
そう言って去っていく彼女のミニスカートの裾が、
いつもより、ほんの少しだけ、やさしく風に揺れていた。
後には薔薇としおりの残り香が漂う。
(この胸のときめきは、きっと“風紀違反”だ)
と思った、耐田なのであった。




