表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/46

番外編 後編~眼福の向こう側~

 自分でも思う。

「俺は、きっと……どうかしている」


 放課後の昇降口。福山しおりが、スカートのホックを外したままベルトをキュッと締めている姿に、今日もまた心臓を撃ち抜かれていた。


(うっ……あんなに堂々と見せつけて……くっ、眼福……ッ!)


 彼女はギャルだ。金茶のショートボブ、ゆるっとしたカーディガン、そして規定ギリギリを悠々と超える超ミニスカート。

 明らかに“風紀違反”なはずなのに、彼女が怒られてるところなんて一度も見たことがない。


「はあ……怒られたい。できれば、厳しく……!」


 そんな妄想を繰り広げながら、耐田は今日も彼女の姿をそっと追ってしまう――。


 だが、この日だけは少し様子が違った。


 ──ある日の放課後。

 俺は、福山しおり嬢の隠れファンにして、黎進高校が誇る(非公認)観察部のただ一人の部員である。


 俺はついに、長年の「謎」に踏み込む決意をした。


 ――しおり嬢は、放課後にどこに行っているのか?



 部活にも出ていない。

 じゃあどこへ?帰宅部? それとも……?


 その答えを知るべく、俺はこっそり、こっそり彼女のあとをつけた。


(距離、保て。彼女に気づかれてはならぬ……!)


 住宅街を抜け、細い裏道を歩き、

 気づけば足は、学校の裏手にある古い神社の前へ。


(……こんな場所に何の用が?)


 鳥居の奥へ消えるしおり。

 俺は神様に土下座しながら、そっと木陰に身を隠す。


 すると――見えた。


 しおりが、持っていた紙袋から取り出したのは、キャットフード。

 そして彼女は、神社の石段に座り、ぽんぽんと手を叩いた。


「……ほら、出ておいで。今日も来たよ」


 しばらくして、どこからか猫が数匹、姿を現した。

 ふわふわの茶トラ、黒猫、グレーのしましま。

 どの猫も、警戒せずしおりの足元に集まってくる。


 しおりは静かに笑って、餌を小皿に分けていく。


「うちさ、こんな格好じゃけぇ、よう“軽そう”とか“チャラい”とか言われるんよ。

 でもな、ほんまはこういう時間が、一番好きなんよね」


 猫の頭を撫でながら、彼女はふと小さくつぶやいた。


(……しおり嬢……)


 その姿に、俺の胸はギュッと締めつけられた。


 普段は誰の視線も気にせず、堂々としたギャルスタイルで校内を闊歩する彼女が――

 誰にも知られず、こんな静かな場所で猫と向き合っているなんて。


 しおりのミニスカはたしかに眼福だ。そこは否定しない。

 だが今の俺が見ていたのは、誰にも見せない、ただ猫の前でだけ見せるそのやさしい笑顔だった。



「なぁ。クロ。」


 しおりは一匹の黒猫を撫でた。

 黒猫だから「クロ」なのだろうか──

 人知れず、ひとりで、

 こんな静かな場所で猫と過ごしているなんて。


「だれかさんとちがって。お前はかわいいな」


 しおりのミニスカは、確かに眼福だ。

 それは間違いない。拝み倒したいレベルである。


 でも今、俺が見たかったのは、その笑顔だった。


 誰にも見せない、

 誰の評価にも関係ない、

 ただ猫の前でだけ見せる、やさしい笑顔。


(推しになって、よかった……)



 ──ある日の放課後。

 下校中と思われるしおりを発見した。

 しおりは人気のない裏門を抜け、町外れの古びた神社へと向かっていった。


(また神社なのだろうか……?)


 隠れるように鳥居の影から覗くと、彼女はしゃがみこみ、コンビニ袋からカリカリを取り出し始めた。


「……来とったん? 今日も、お腹すいとるんじゃろ」


 出てきたのは、一匹の猫。しおりは笑いながら、優しく餌を置いた。


「うちも……今日はちょっと、気分が落ちとっての……。でもアンタ見とると、ちょっと元気出るわ」


 その横顔は、学校でのキラキラした“無敵ギャル”とは違う、どこかさみしくて、優しい横顔だった。


 耐田は思わずごくりと喉を鳴らした。


(……しおり先輩……そんな顔するんだ)


 彼は、そのまま神社の木の陰から動けなくなってしまった。


(……い、今の表情、強すぎる……ッ)


 彼の“推し活”は、この日から少しだけ真剣になった。




「にゃー」


 不意に猫が鳴いた。

 続いて、俺の隠れている方向から猫が一匹歩いてくる。


(やば……!)


 俺は気配を悟られぬよう、その場をそっと離れようとした――が、

 足元の枝を踏んで「パキッ」と音を立ててしまった。


(うわあああっ!?)


 慌てて一目散に逃げる俺。



 ──その日の観察日記には、こう記した。


 ■5月15日(夕)

 ・しおり嬢、神社にて猫と対話

 ・ピアスと猫の目がリンク(神秘)

 ・声のトーン、ふだんより1オクターブ低くて優しい(好き)

 ・しおり嬢の笑顔(プライスレス)

 →彼女は、俺の1000倍、心が綺麗だった。






 ……そして翌朝。


 昇降口でしおりにばったり出くわした。

 視線が合った瞬間、彼女がくすっと笑う。


「……あんた、昨日……神社、来とったじゃろ?」


「い、いや……そ、そんなわけ……!」


 彼女は笑いながら、俺に何かを差し出した。


「これ。落としとったけぇ」


 それは――俺の生徒手帳。


「あ……ああっ、昨日……」


 どうやら逃げ帰るときに落としていったらしい。


「君、耐田君っていうんじゃね。ま、ええけど。猫、かわいいじゃろ?

 でも、あのことは――2人だけの秘密にしとってや」


 そう言って去っていく彼女のミニスカートの裾が、

 いつもより、ほんの少しだけ、やさしく風に揺れていた。


 後には薔薇としおりの残り香が漂う。



(この胸のときめきは、きっと“風紀違反”だ)

 と思った、耐田なのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ