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第21話~スパイ~

 黎進高校――学園生活の規律と厳格さに包まれたこの学校には、ただ一つ、特例のような校則が存在する。


 成績上位者には、服装にある程度の自由が認められるというこの規定は、すべての生徒に平等に適用されるわけではない。要するに、「勉強ができる者」だけが享受できる特権だ。


 その特権を最も巧妙に、かつ攻めた形で活用しているのが、新聞部兼帰宅部の福山しおりである。


 昇降口の扉が開き、光が差し込む。しおりが一歩足を踏み出すと、周囲の空気が自然と変わる。彼女が登校するたびに、その制服姿は一種の“視線の渦”を引き起こす。なぜなら――そのスカート丈が、ただのスカートではないからだ。


通常、黎進高校の制服のスカート丈は、膝上十センチほどと定められている。しかし、しおりのスカートは明らかにその規定を逸脱している。丈は、すでにホットパンツに近い。ホックは外され、穴を通さず、上からベルトが回されて留められている。スカートの裾は、まるで“狙って”そのままフリルのようにひらひらと揺れる。


 その足元には、白いルーズソックスとローファー。まるでこれ以上の制服の制約など、無視しているかのように歩き続ける。


 耳にはバラの花のピアス、口元には余裕の笑み。


 しおりの姿を見た瞬間、周りの男子生徒たちは必ずと言っていいほど目を奪われ、何かを言おうとするが、決して彼女に話しかけることはない。


「いやぁ、眼福、眼福」


 ぼそっとつぶやかれたその声は、しおんの隠れファンの男子生徒のものだった。

 だが、しおりはその声は届くはずもない。

 しおりは、そのまま自信満々に歩き続ける。まるでこの世界は、彼女がどんな風に歩くかを待っているかのようだ。


「ほいじゃけ、勉強がんばるんよ。自由の代償は、成績じゃけぇね」


 肩をすくめて笑みを浮かべながら、しおりは余裕の表情で答える。まるで服装や態度が、全ての規則を乗り越えているかのようなその言葉に、周囲の男子たちもまた言葉を飲み込み、黙って視線を外す。


 そして、その時だった。


「――福山っ!!」


 大声で呼ばれたその瞬間、しおりは動かず、その場で立ち止まった。


 その声の主は、黎進高校の風紀委員、さかき先生だった。彼の姿を見た瞬間、生徒たちは自然とその場に足を止め、気配を消す。風紀の鬼と恐れられるその教師が、どんな問題でも許さないと知っているからだ。


 しおりはその動じない態度で振り向いた。彼女の足元のスカートが、ほんの少しひるがえっただけで、まるで挑戦的にその場に立っていた。


「そのスカート丈……明らかに規定外だろう。ベルトもホックも外れている。どういうつもりだ、福山?」


 榊は厳しい表情で指摘した。


 しおりは、あっけらかんと笑って言った。


「うち、体型に合わん制服しか支給されとらんのじゃけど……。まさか先生、うちの成長期を阻止しようとしとる?」


 その言葉に、榊の表情はさらに険しくなる。


「詭弁だ! そんなことは関係ない! これは校則違反だ!」


「いやいや、先生。これが成績上位者の特権ってやつじゃけぇね。自由の代償は勉強にあるんよ」


 しおりの笑みはさらに広がる。全く動じる気配がない。その姿勢に、何度も冷や汗をかきながら、榊はますます苛立ちを募らせる。


 だが、次の瞬間――


「お待ちください」


 ふいに、どこからともなく声が響いた。


 それは、しおりと榊の間に割って入るように現れた、また一人の男子生徒の声だった。


「おや、帰野玖郎か。君はまた何か変な理屈を言い出すのか?」


 榊が振り向き、玖郎を見つめた。


「そうです。変な理屈ですが、必然です」


 玖郎はやはり、片手をポケットに突っ込みながら、ゆっくりと歩み寄った。彼の目は真剣そのもので、しおりのスカートをじっと見つめながら、話し始めた。


「先生、よく考えてください。福山しおりは今、校内に潜む『ファッション・スパイ』を炙り出すため、あえて規定ギリギリの丈で囮となっているんです」


「な、なんだって?」


 榊が目を見開いた瞬間、玖郎はそのまま一歩前に進み、しおりのスカートをじっと見つめて言い切った。


「ピアスもベルトも、この丈も、すべてが巧妙に計算された『罠』です。つまり、これこそが誘いの一部。これで校内に潜んでいる『違反者』たちを引き寄せる作戦なんです」


「君……本気で言ってるのか?」


「もちろんです」


 しおりがその言葉に合わせて、ふふっと笑みを漏らした。


「うち、命がけで着とるけぇ」


 その言葉に、榊はしばしの間、言葉を失った。しおりのスカートを見つめ、玖郎を見つめ、そして再びしおりのピアスを見つめた。深いため息をつきながら、彼はようやく口を開いた。


「……今回は、注意にとどめておく。だが、二度とこんなことをするな」


 そう言い残し、榊は足早にその場を去っていった。




 その瞬間、しおりは玖郎に向き直り、ぱっと手を振った。


「助かったわ、玖郎」


「だが、しおり、その丈は眩しすぎる。私の推理力にも限界がある。今後、三センチだけでも下げてくれ」


「それが目的なん!?」


 しおりはまんざらでもない表情。

 玖郎は肩をすくめ、まるであきらめたような表情を浮かべる。


 周囲の生徒たちは、ふたりのやりとりを微笑ましく、そして少し驚きながら見守っていた。


 その日から、黎進高校内ではこんな噂が立った。


「福山しおりのスカート丈には、何か意味があるらしい」


 これが、学校内に広まる都市伝説となり、いつしか学生たちの間で話題になっていった。


「ファッション・スパイって、ホントにあのスカートの丈で校内の違反者を見つけようとしてるんだろうか?」


「でも、ピアスもベルトも、確かに全部計算してるように見えるよな」


「うわ、あれが計算されたファッションなのか……すごい!」


 しおりのスカートは、ますます謎めいて、そして魅力的なものとして語られるようになった。


 彼女の制服は、ただの服ではなく、もはや一つの『武器』であり、自由を手に入れるための戦略そのものだ。今後、彼女がどんな風にその自由を使いこなしていくのか――それはまだ、誰にも分からない。


 だが、間違いなく一つだけ言えることがある。それは、


 この学校の中で、一番自由な存在は、福山しおりだということだ。


 そして、彼女の隣には、いつも何かを解決しようとする探偵、帰野玖郎がいる。


 (次回は――本当に事件が起きるかもしれない)



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