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第19話~しおり、転校する?~

 黎進高校・帰宅部部室──放課後。


「こ、こ、……これは!」


 玖郎が手にしていたのは、職員室前の廊下で拾った、一枚のプリントアウトされた紙だった。


 表紙には大きくこう書かれている。


 **《転校予定者一覧(仮)》**


「お、おい……これって……」


 玖郎が慌てて近づき拾う。


「まさか……この中に、我らが帰宅部の一員の名前が……」


 彼の目が、一行の文字で止まった。


 **福山しおり(2年)**


「な、なんだと……!?」


 部室の空気が凍る。

 まさか、しおりが転校……?


「ど、どういうことなんだ……」


 玖郎は目を見開き、読み上げた名前をもう一度確認した。


「福山しおり。間違いない。これは我々が“事案”として調査すべきレベルだ。」


 玖郎は緊張した声で続けた。


「職員室前に落ちていたもの。つまりこれは正式な文書である可能性がある!」


 玖郎は叫んだ。


「そうか……だから最近、しおりの様子がおかしかったんだ……」


 そこに山口が困った様子で教室に入って来る。


「山口。最近、しおりに変わった様子はなかったか?」


「いや、別にいつも通りチョコ棒食べてたと思うんすけど」


「いや、確かにチョコ棒の消費量が前より一日一本少ない……!」


「細かっ!」


 玖郎は立ち上がり、ジャケットを羽織る。


「よし、我々帰宅部探偵団は、今から“しおり転校疑惑”の真相を追う!」


「いや、帰宅部に探偵団なんてあったっけ……」


 山口の呟きは、もはや誰にも届いていなかった。


 ──同時刻、新聞部部室。


 しおりは静かな書架の間で、一冊のノートを手にしていた。

 そこには、彼女が中学時代に書いた詩が貼り付けられている。


「……なつかし……」


 ページのすみに、小さな付箋が貼られていた。


「──しおり!」


 背後から、聞き慣れた声がした。


「玖郎……なんでここに」


「お前、転校するのかッ!?」


「はあ!?」


 新聞部に響く玖郎の声に、周囲の生徒たちがちらりと顔を上げる。


「ちょっと声!静かにせんと怒られるよ!」


「見ろ……“転校予定者リスト”。それにお前の名前が……!」


「え、なにそれ」


「君は……僕たちに何も言わず、去ろうとしていたのか……!」


「誰も去ろうとしてへん!」


「けれど最近、チョコ棒の消費が減っていた。それは“新天地への覚悟”……!」


「ただの健康診断の結果や!」


「いや……君は、詩人としての自分を、どこか遠くの街で生きようとして──」


「なんでポエマー設定になっとん!」


 ──それから。


 放課後、教室に戻ってきた三人。


「で? あのリストのこと、どういうことなん?」


「これだ!」

 そこには、「転校予定者一覧(仮)」とプリントされた資料があった。


 玖郎の言葉に、山口が申し訳なさそうに頭をかく。



「それっすけど……演劇部のドラマ脚本っす。『転校予定者』っていうモキュメンタリー風作品のプロット用っすよ」


「なんならー!?」


 しおりと玖郎が同時に叫ぶ。


「なんか“リアルっぽい資料”作って演出したいって言ってたんで、名簿風のやつ作っただけで……」


「……ということは、“転校予定”はフィクションだったのか……」


「そんな薄っぺらい台本で信じるってあんらどんだけ思い込み激しいん」


「いや、僕は最初からおかしいと思ってたよ。あれは怪文書だってね」


「ぜったい信じとった顔しとった!」



 ──その日の夕暮れ。


 玖郎はしおりと並んで歩いていた。


「……なあ、新聞部で見ていたノート。詩って、どんなの書いてたんだ?」


「えっ……なんでそんなこと聞くん?」


「君があの新聞部のノートを見つめてたとき、少しだけ顔が“昔の君”になってた気がしてさ」


「……中学んときに、一回だけ、文学コンテストで出したんよ。“見た人が笑うような詩”って思って書いたけぇ」


「……君らしいな」


 しおりは照れたように、笑った。


「それ読んで“ええ感じ”って言ったのが、先輩じゃったんよ。それで、新聞部に誘われて」


「……先輩は、君の原点を見抜いてたんだな」


「ちょっと、ええ感じにまとめんといてや」


 玖郎も笑った。


「でも、転校疑惑が嘘でよかった」


「なに? ちょっとは寂しかったん?」


「いや、べつに? 帰宅部のバランスが崩れるから困るだけで……」


「ふーん……」


 しおりはふいに立ち止まり、窓から西の空を見上げた。


「……転校はせんけど。もし将来、どこか遠くに行くことになっても──あんたらのことは、たぶん忘れんよ」


「……“たぶん”とはな」


「そりゃ、全部覚えとる自信はないけど……」


 しおりは、そっと笑った。


「いちばんアホな妄想探偵のことは、わりと忘れん気がする」


 その言葉を背に、玖郎はそっと窓の外に目をやった。


 夕焼けが、いつもより少しだけ優しい気がした。


(次回は3ページ以内で推理します)


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