第18話~この土地の過去の謎~
黎進高校・放課後。
誰もいない図書室には、窓から夕日がやさしく差し込んでいた。
静寂の中で、ページをめくる音がひときわ心地よく響く。
奥の隅の席。
一人の少女が机に向かい、黙々とノートに何かを書き写していた。
──夜鷺いおん。一年生地雷系帰宅部員。
ゆるく巻いた黒髪を肩に垂らし、オーバーサイズのセーターを着て、相変わらずのマスク姿。
その姿はまるで、誰にも知られず、何か重大なことを追っているようにも見える。
彼女の机の上には、見慣れない装丁の分厚い本。
その表紙にはこう記されていた。
『江戸時代に学ぶ和食の原点〜福山縁の料理大全〜』
著:山口拓真(私家版)
(……ふふ、江戸時代の人も煮たり揚げたりしてたんだ……)
いおんは、カラフルなメモ帳に丁寧にメモを取っていく。
ページの隅には小さく「お料理作戦会議」と書かれていた。
……そんな彼女を、柱の影から鋭い目つきで覗く者がいた。
「……これは……!」
帰野玖郎。帰宅部の名ばかり探偵。今日も妄想が冴え渡っていた。
その隣では福山しおりが、しゃがみ込んで様子をうかがっている。
「……ついに夜鷺、己のルーツを求めて動き出したか……!」
「せんて。あの本、“山口印”って書いてあったけど…」
玖郎の目が光る。
「違う。この装丁、この厚み、内容……これは彼女の“過去の罪”に関わる何かだ。
あるいはこの土地の江戸時代にまで連なる因縁。いま、彼女は歴史の深層に踏み込もうとしている……!」
「ただの料理本じゃないん?」
「いや、断じて違う。仮説1:夜鷺、江戸時代からの転生者説。
仮説2:夜鷺、幕末の陰謀に加担していた家系の出──」
「話が飛躍しすぎなんよ」
玖郎がなおもノートを取り出し、何やら書き始める。
「仮説3:夜鷺、タイムスリップ先でカツと契約──」
「もう黙ってくれん?」
──そのとき、図書室のドアが静かに開いた。
そこから入ってきたのは、山口だった。
「あ、どうでした? 僕の本……!」
いおんがふり返って小さく頷く。
「うん。返すね。すごく、面白かった……クワイについて詳しく書かれてあったし」
玖郎が衝撃で膝をつく。
「まさか……あの本は、山口のもの……!?そしてクワイ!? なるほど…君は“この土地の過去”ではなく、“この土地の未来”を見ていたのか……!」
しおりの手が玖郎の後頭部をピシャリと叩く。
「未来も過去もクワイも全部混ぜるなや!」
山口は少し照れながら、いおんに言う。
「……その本、俺が中学のとき書いた“クワイレシピ研究ノート”なんすよ。
自分で本の形にしてみたんすけど、ちょっと恥ずかしくて……でも、いおんさんにだけは見せたくて」
「うん。すっごく真面目に作ってあって、びっくりした。
……特に“素揚げと煮物の栄養価比較チャート”、あれ感動しちゃった」
「ほんとっすか!? あれ、グラフソフトの使い方2時間調べた甲斐あったなあ……」
「クワイへの愛が深すぎる…やっぱりクワイなんじゃね!!」
しおりが叫ぶ。図書室の静けさが一瞬で吹き飛んだ。
いおんはそっと微笑む。
「……でも、誰かにすすめられて、その人のために調べものするのって、なんか不思議。
自分のことじゃないのに、ちょっと楽しいんだよね」
玖郎が重々しくうなずく。
「いおん……君はまたひとつ、“クワイ”を通して世界を広げたのだな……」
「だから何の話よ!」
──そして次の日の放課後。
帰宅部の部室には、山口の新作──
「クワイの白味噌あんかけ・黎進スペシャル」 が登場するのだった。
「……夜鷺いおんという少女は、クワイとともに歩む“静なる探求者”なのかもしれない……」
「だからまたクワイなん!?」
──今日の放課後も黎進高校帰宅部は、謎と妄想と根菜に包まれていた。
(次はたぶん推理やります)




