第17話~運命の味はラブレター?~
黎進高校・昼休み。
人気のない廊下を、ひとりの少女がゆっくりと歩いていた。
──夜鷺いおん。地雷系ファッションに身を包んだ帰宅部員。
その長く艶やかな黒髪と、どこか影を宿すような瞳は、昼下がりの廊下にも非日常を漂わせる。
「……ん?」
ふと足を止めたいおんの視線が、床に落ちていた一枚の便箋に吸い寄せられた。
淡いピンクの紙、綺麗に折られたそれを拾い上げて、そっと開く。
「……ラブレター、かな?」
そこには、丁寧な筆跡で、こう書かれていた。
『君に、ずっと伝えたかったんだ。あのときのトンカツの味は、運命の味だったって』
「……え、これってもしかして」
内容の突飛さに困惑しながらも、いおんの頬が、ほんのりと赤く染まった。
──一方その頃、放課後の帰宅部部室。
「……何やら今日は、風がざわついている……!」
帰野玖郎が窓際で腕を組み、真剣な眼差しで外を見つめていた。
その横では、新聞部の福山しおりが、チョコ棒をもぐもぐしながら呆れ顔をしていた。
「風じゃなくて、気のせいじゃろ」
だが玖郎は譲らない。
「いや……違う。今日の夜鷺……昼休み、廊下で何かを拾っていた。そして──顔が赤かった!」
「それ、化粧じゃろが」
「いや、あれは……“恋”の赤だッ!!」
「うるさいんよ!」
机の上には既にメモが散らばり、玖郎はいつもの妄想モードに突入していた。
「仮説1:夜鷺いおん、誰かからラブレターを受け取った。
仮説2:夜鷺いおん、自ら告白しようとしている。
仮説3:夜鷺いおん、誰かを庶民的手法で脅迫しようとしている──」
「最後のやつ何!? てか、その発想どっから来たんよ!」
──放課後、同時刻。
いおんは静かな表情で、拾った便箋を自分のロッカーにしまい込んでいた。
内容はよくわからないが、その言葉には妙な温度があった。
──“運命の味”。
調理実習の時、誰かが自分の作った料理を、そんなふうに感じてくれていたとしたら。
それは少し、うれしいことだ。
(……ふふ、なんか、大切にしたくなっちゃった)
そんな時、一年生の教室の勢いよくドアが開いた。
「いおんっ!!」
いつもの調子で飛び込んできたのは、もちろん帰野玖郎。
両手を広げ、意味不明な構えをとりながら。
「その手に持っているのは──手紙!? まさかそれは……“恋文”ッ!!」
「えっ、あ、ちょ、ちが……!」
動揺してポケットに押し込むいおん。
だが玖郎のテンションはすでに最高潮だった。
「やはりそうか……夜鷺、誰かと進展が……いや、待てよ……これは逆に罠!?
思わせぶりな文面で、俺を撹乱しようという情報戦か……!」
「ちょ、ちょっと待って、それは……!」
バンッ!
突然、再び扉が開き、息を切らした山口が飛び込んできた。
「うわああ!ありましたか!? 俺のカツラブ……いや、料理メモ!!」
「は?」
全員がぽかんとする中、山口は必死で説明を始めた。
「俺、最近こう……詩みたいに献立を書くクセがあって……。
“トンカツ定食・進化型”って今日のテーマで……たまたま落としちゃったみたいで……!」
「……トンカツの味が運命、って……お前の詩かい!」
しおりが突っ込む。
玖郎、がっくりとその場に崩れ落ちる。
「じゃあ……夜鷺の赤い顔は、ただのチーク……だったのか……」
「そうじゃろ。また、勝手に盛り上がって勝手に落ち込むの、やめーや!」
しおりの拳が玖郎の頭に炸裂する音が、部室に響いた。
いおんは静かに、便箋を山口に差し出す。
「……これ、山口さんのなんだ。なんだか、ちょっとキュンとした…。
“運命の味”って、いい言葉だよね。私も……そんな味、探してみようかな」
玖郎は、その言葉を聞きながら、小さく息を吐いた。
(……夜鷺。君の“運命の味”が、いつか、俺の作ったカップラーメンになりますように……)
「それはないじゃろ」
しおりの的確なツッコミが、すべてを締めくくった。
──放課後の黎進高校。
今日も部室には、くだらない妄想と、少しの青春が残された。
(次はたぶん事件解決します)




