第16話~危険な白い粉~
黎進高校・放課後。
人気のない校舎裏で、何かが静かに行われていた。
(……これは……密会……!?)
柱の陰から息を殺す玖郎としおり。
その鋭い視線の先には、例の一年生地雷系帰宅部員・夜鷺いおんと、料理番・山口の姿が。
ふたりは周囲を気にしつつ、そっと手を伸ばし、互いに何かを差し出していた。
「……白い粉、両方から出てきた……!?」
玖郎が目を見開く。
(まさか……ダブル密売!?いや、夜鷺と山口がそんな……でも、あれは完全に白い粉……!)
「……例のやつ、持ってきました」
山口が小声で。
「へへ。私も、こっちの“粉”……試してみてください」
いおんも真剣な表情で応じた。
「おい、完全にアウトな空気じゃろ!」
しおりが小声で慌てる。
「……もう、俺が止めなきゃダメだ!」
玖郎が柱の陰から飛び出した。
「やめろ、君たち!その白い粉は何だッ!!」
いおんと山口がビクッと振り返る。
「……あっ、玖郎先輩。これですか?“クワイのポタージュ・フリーズドライ”です」
「そっちは“雪塩”っす。沖縄産のやつで、揚げ物の仕上げにベストっす。クワイの素揚げにもコレっす」
「……お前ら……食材交換してただけなん!?」
しおりもツッコまずにいられなかった。
「なんなん?この“グルメ・オブ・ザ・デッド”みたいな取引!」
玖郎は思わずしゃがみ込み、天を仰ぐ。
「……この無力感、何度味わえばいいんだ……」
だが、いおんは微笑みながら、玖郎に小さなスティックを差し出した。
「……先輩も、飲みますか? クワイのポタージュ。クセになる味、ですよ」
「好物だ……いいだろう、いただこう」
──調理室
玖郎はスティックを受け取り、そっと封を切った。
ほのかに芋とナッツを思わせる、優しくもコクのある香りが、部室裏にふわりと広がる。
玖郎はポタージュを一口すすった後、じっくりとその味を噛みしめた。
「……う……うまい……!いつものクワイのポタージュとは違うような…」
その言葉が口をついて出た瞬間、玖郎の頭の中で一瞬にして複雑な推理が駆け巡る。
「いおんさんのレシピ、俺が味つけの調整だけ手伝ったっす。白だしと豆乳がポイントっすね」
いおんは静かに言った。
「クワイって、滋味があって、でもちょっと個性的で……なんか、私っぽいかなって」
玖郎は静かに頷いた。
だが──
「──これがトリックだとしたら?」
(白だしと豆乳……クワイの味を引き立てるという点では確かに合理的だが、それだけではない……)
玖郎の目が急に鋭くなった。
(そして、この微妙に感じる甘さ……クワイの自然な甘さに、この白だしが絡むことで、全体に丸みを帯びる……だが、何かが違う)
それを見逃さなかったしおりが声をかける。
「……何か気づいたん?」
玖郎が慎重にポタージュをもう一口飲む。
「……白だしの裏には、何かが潜んでいる……」
しおりが怪訝な顔をした。
「裏って、どういうこと?」
玖郎が思いっきりにやりと笑う。
「夜鷺……君のレシピは、ただのクワイポタージュではない。お前は、この一杯に『甘さ』を隠し込んでいるんだ」
「え?甘さって何?」
しおりが目を丸くした。
「そう、君はただ『クワイ』と『白だし』の組み合わせに豆乳を加えたわけじゃない……本当は、隠し味として『みりん』を使っている」
「み、みりん……?」
しおりが驚く。
玖郎の推理は止まらない。
「そう。みりんは、甘みだけでなく、深いコクとまろやかさも与える。君がこのポタージュに使った『隠し甘味』は、まさにそのみりんによるものだろう」
いおんが思わず口元を押さえた。
「……ま、まさか。そんなこと……」
「なるほど、これは完全に君の秘密のレシピだな」
玖郎は満足げに言った。
「うん、確かにみりんを入れてるけど、だって……」
その言葉に、山口が加わる。
「いおんさん、この、アレンジいいですね。少し甘さを足すことで……」
いおんが少し照れながらも答える。
「うん、実は……甘いものが好きで……でも、甘すぎるのは苦手だから、さりげなく甘さを足して、まろやかな感じにしたかったんだ」
玖郎は、納得しながらも、再び思考を巡らせる。
「……だから、君のレシピには、揚げ物とは違った“味の深み”が出ている。揚げ物のような外側の“パリッ”としたものが、内側で“しっとり”と違う味わいを生んでいるんだ。揚げ物とはまた違ういい意味で“味の矛盾”(ハーモニー)を感じる」
「なんだか、ちょっと大げさな気がするけども…」
しおりが、やれやれと手を振る。
だが、玖郎は満足げに言う。
「いや、しおんのポタージュに関しては、間違いなく“揚げ物の新たな領域”に踏み込んだ。だが、それがどうして“クワイ”なのか……ここにはもっと深い意味があるはずだ」
「……また謎が増えたんか…」
しおりが微妙に呆れた様子で言う。
いおんは照れ笑いしながら、ようやく口を開いた。
「……本当は、夜食にぴったりだと思うんだ。揚げ物と一緒に食べると、絶対においしい」
その瞬間、山口がしおりを見ながら言う。
「じゃあ、次の夕食、作りましょうか。クワイのポタージュ、揚げ物と合わせて――」
「…なんであんたら学校に食材もってきとるん?」
しおりが一斉にツッコミを入れる。
玖郎はニヤリと笑いながら言った。
「いいさ、しおん……そのポタージュは、君の個性が詰まった作品だ。次は何が待っているのか、楽しみだな」
──次の日の放課後
机の上には、「雪塩で食べるクワイチップス」が並べられていた。
「……しょっぱさの中に、やさしさがある……これが、“真実の塩”……」
しおんが嬉しそうにつぶやく。
「揚げる温度もばっちり調整したっす。美味いっす」
「夜鷺いおんは今日も、“揚げ物と真理の境界”を彷徨っているな」
「何言っとん。塩じゃ、塩」
しおりのツッコミが教室に響き渡ったのだ。
(この作品はグルメものではありません…多分)




