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第15話~メンチカツと新なる刺客~

 放課後、黎進高校・帰宅部の部室(というか教室)


「……今日は、揚げたての気配がする」


 玖郎が静かに口を開いた。


「お前、帰宅部じゃなくて“揚げ物探知機”じゃろ」

 しおりのツッコミが飛ぶ。


 だが、玖郎の目は真剣だった。


「昨日の夜鷺は“メンチカツにする”と言っていた……だとすれば、今日、彼女は“初対面”のはず。ならば、この部室が最前線となる!」


 そのとき、部室の扉が開いた。


「……ん〜〜〜、衣がさくさくで、中がじゅ〜し〜……」


 夜鷺いおん、手にメンチカツを携えて登場。


「……惚れました」


 いおんのメンチカツ狂いは、もはや誰にも止められなかった。


「メンチって……カツよりも肉々しくて、でもコロッケよりも主張が激しくて……ちょうどいい」


「それ、恋人に言うセリフじゃけん」

 しおりが呆れたように言う。


 部室の机には、いおんが買い集めた市内のメンチカツがズラリと並ぶ。

 スーパーの惣菜、個人店の名物、学食の特注品――すべてに「愛」が注がれていた。


「……メンチカツこそ、いま私が求めてた“真実リアル”……!」


 玖郎が立ち上がった。


「いおん……そのメンチカツ、どこで手に入れた?」


「……今日のは、街の精肉店“肉のマルダイ”で。おばちゃんが“今日は特別にA5ランクよ〜”って言ってくれて……」


「やはりな……!」


 玖郎は机に拳を叩きつけた。


「その“肉のマルダイ”……実は、山口の親戚の店だ!」


「どこ情報!? 初耳なんじゃけど!!」


 ──その頃、別の場所では。


 山口は静かに準備をしていた。


「……いおんさんが、メンチに行ったって聞いて……俺、燃えてきたっす」


 彼が取り出したのは、黒い箱。


「これは……“黒毛和牛100%ミンチ”!!」


 目の奥が光る。


「勝負っす。カツ、コロッケ、メンチ――全種合体、三位一体サンド!」


「なに作っとん! 胃袋を戦場にする気か!」


 ──やがて、運命の三種サンドが部室に現れた。


「……肉の……大行進……」


 いおんの口から、自然と詩的な言葉がこぼれる。


「ひとくちで……すべてが来る。カツの圧、コロッケのやさしさ、メンチのうま味……これはもう、味の覇権争い……!」


(ザクッ)


 そのひとくちが、すべてを変えた。


「……しあわせって、胃の中にあるんですね……」


「……夜鷺いおんという少女は、“揚げ物”の中に自分を探しているのかもしれない」


「いや、ただの食い意地じゃ」


 ──そのときだった。


「……でも、これで満足されたら困るっす」


「えっ?」


 山口は、さらにもう一皿差し出した。銀の皿に載っていたのは、丸くて小さな、黄金色の球体。


「……これは……」


「クワイです」

 山口は胸を張った。


「地元じゃお正月によく出る食材なんすけど、今日のは素揚げにしてあります」

「クワイって地元でもなかなか食べないような…」

「中はホクホク、皮目はカリッと……しおんさんが前に“外はパリ、中はほくほくが至高”って言ってたの、ずっと覚えてたっす」


 いおんは一口、かじった。


(カリッ……)


 ──その瞬間。


「……これは……」


 彼女の目に、涙が浮かぶ。


「……魂が、根菜を通して語りかけてくる……!」


「んな、大げさな」 


「私……今まで、ジャガイモとか肉とか“強い味”に惹かれてたけど……」


「まあそれはそうかもしれんけど」


「……クワイは、静かな覚悟なんです……!」


「しおん……まさか、悟りに至ったのか……」

「クワイで!?」


 しおりが突っ込む。


 いおんはゆっくりと目を閉じ、微笑んだ。


「……明日はもう、揚げ物じゃなくてもいいかもしれない……」


 沈黙が流れる。


「でもやっぱり、天ぷらくらいはいいかなって」


「やっぱり揚げるんか!!!」


 ──次の日の放課後


 今日も静かに、揚げ物の香りが漂っていた。


「……あれが、“静寂の芋”(サイレント・ジャスティス)……」


 しおりが小声でつぶやく先には、座禅を組むような姿勢で机に向かう夜鷺いおんの姿があった。


 机の上には、丸く黄金色に輝く数個のクワイの素揚げ。

 中心に据えられた小さな塩皿に、いおんは静かに指を伸ばし、塩をひとつまみ――


「(ぱらっ……)」


「(ザクッ……)」


 一口。


「……今日も……世界は回ってる……」


「何を悟っとんじゃ!」


 しおりのツッコミが届くことはなく、いおんはただ目を細めていた。


「昨日のは、油がほんの少し温度高かったんじゃないかな。だから、皮のパリが強すぎて……内なるクワイの声が、聴こえにくかった…」


 玖郎が真剣にうなずく。


「なるほどな。つまり……今日は、温度を調整してきたということか」


「うん……170度でじっくりと。根菜における対話、それがテーマ」


「お前ら何の部活じゃ」


 しおりが嘆くのも無理はない。


 が――そんな中、部室の扉が再び開く。


「……失礼します」


 現れたのは、いつもの山口。だが、その手には一風変わった包みがあった。


「いおんさん、今日はこれ、試してみてほしくて……」


「これは?」


 山口は包みを開ける。


 中から現れたのは、なんと――


「……クワイ……の……チップス?」


「はい。“薄切り・低温二度揚げ”っす」


「なんだってー」

 しおりと玖郎が思わずノリツッコミ。


 いおんの瞳が、キラリと光った。


「試行……きた……!」


 一口、カリッ。


 その瞬間、いおんは動きを止めた。


「……これは……“葉っぱ”(リーフ)のような繊細さ……」


「でも、中に根菜の“芯”がある……!」


 手は止まらない。目は潤んでいる。


「山口さん……あなた、揚げ物で私に挑んできたときは“戦”だった……でも、今のこれは“共演”……」


「……揚げ物が……人を繋いでいく……!」


 玖郎は深くうなずく。


「ついに彼女は……揚げ物の“悟り”に至った……」


「いやもう、揚げ物宗教じゃけえ!」

 しおりがさけぶ。


 そのとき、いおんが静かに立ち上がった。


「……クワイには、まだ無限の可能性がある。煮る、蒸す、粉にする……でも、まずは次の段階、“串”に挑戦したい」


「串!?」


 いおんはゆっくりと拳を握った。


「題して――“クワイの串揚げ・三重奏(スティッキ―・トリオ)”!!」


「また新作かい!!!」



(次回は揚げ物はつくりません)

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