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第12話~消えたカツ丼の謎~

 昼休み、黎進高校の学食。ざわついた食堂の片隅で、悲劇が起きた。


「な、なんで……!? 俺のかつ丼が、ない!?」


 山口が、テーブルの前で立ち尽くしていた。まるで、かつ丼の幻を見たような顔である。


「さっき、ここに置いたんです……! トイレに行って、戻ったら、もうなかったんです……!」


 騒ぎに気づいて集まったのは、いつもの帰宅部メンバー。新聞部のしおり、ミニスカートをホックで留めず上からベルトないつもなスタイルだ。


「うわ、ほんまに消えとるやん……てか、なんか汁だけやたら多ない? あんかけみたいになっとる……」


 しおりが、ぽつりと指摘した。


「あ、それ……特製です」


 山口がポツンと呟く。


「特製……?」


「その、最近食堂のおばちゃんと仲良くなって……毎日“ごちそうさまです”って言ってたら……“あんかけにしといたよ”って。卵も増量で」


「癒着じゃろ!」


 しおりがすかさずツッコミを入れる。


「ふむ……つまりこれは、標準仕様ではない“プレミアムかつ丼”……」


 腕を組みながら、帰野玖郎が神妙な顔つきで呟く。


「そう! それで、すぐ戻って食べようと思ったのに……!」


 山口が絶望の表情でトレイを見つめる。


「つまり……事件だ。プレミアムな者は妬まれる。妬みが事件を生む。これは“学食ヒエラルキー”によって引き起こされた――」


「また無駄に話広げた!」


 しおりの鋭いツッコミが飛ぶ。

「答えは簡単。山口が……最初からかつ丼を頼んでいなかったのさ!」


「いや、頼んだよ!? 食券、ほら! “かつ丼”って書いてある!」


「……それもフェイクだ。君は初めから“かけそば”を頼んでいたのに、夢の中で“かつ丼”を注文した気になっていた。夢と現実の境目が曖昧になっていた可能性がある。君は昨晩、寝不足だったのでは?」


「そんなわけないじゃろ!」


「ふむ……では犯人は、換気扇を通って天井裏から降りてきた者。学食の天井は特殊な構造をしていて、実は一人くらいなら通行できるスペースがある。そこから忍び込んだ学食マニアが、かつ丼だけを狙って――」


「あ、あの……その、食べちゃいました……ごめんなさい……」


 そっと手を挙げたのは、一年生の女子だった。


 振り向くと、そこには一人の女子生徒が立っていた。

 彼女の姿は、学食の喧騒の中でも一際異彩を放っている。暗い色に染めたツインテールの髪の先に、黒いコウモリの形をしたリボンが揺れている。


 制服のジャケットはだらっと肩にかけ、スカートは膝上で、まるで着崩したままでいるかのようだ。そんな彼女の上には、ピンク色のゆるっとしたパーカーが羽織られ、足元はごつめの黒いローファー。いかにも“病みかわ”な雰囲気が漂っている。


 彼女の目元には薄いクマが浮かび、眠そうで、どこか遠くを見ているような気だるげな雰囲気を感じさせる。その爪は真っ黒に染められ、首元にはコウモリの形をしたネックレスが揺れていた。

 見た目は、可愛い部類なのに、すこし近づきにくいダウナーな雰囲気を醸し出している。


「あ、あの……席を立った後、あまりにもおいしそうで……」


 一年女子は、少しだけ顔を赤らめながら、申し訳なさそうに手を挙げていた。彼女の声にはどこかしらの不安と申し訳なさが滲んでいるが、その口調はどこか無理しているようにも感じる。 



「……席離れてるときに……つい、つい……」


 指先をもじもじとさせながら、彼女は消え入りそうな声で話す。

 言葉に抑揚がない。


 しおりが、思わず声を上げた。


「……って、え、あんた何その見た目!? 地雷系ってやつじゃん!」


「じ、地雷じゃないです……ちが……でも……ごめんなさい……」


 目に涙を浮かべて俯く彼女。

 その背後で、山口が小さくつぶやいた。


 女の子は焦りながらも、山口のトレイを取り返すと、すぐに自分の席に戻っていく。

「す、すみません! さっきのあんかけが美味しそうでつい……」と、もう一度謝る。


 しおりは少しあきれたようにため息をつく。


「……ていうか、君、まさか“それも”を食べたんか? どんだけ食欲強いん?」


 女子生徒の元にはもう一つのトレイがあった。


 女子生徒はうどんを食べた後だった。


 玖郎は不敵に腕を組んだ。


「もう一つのトレイとはね…うどんの後にかつ丼。君の食べ方、まるで心の隙間を埋めるようだな」


「なんか怖い言い方してない?」


 しおりが玖郎にツッコミを入れる。


「いえ、ほんとに、すみません。こんなことって……」


 いおんは、また少し顔を赤くしながら、素早く頭を下げた。


 プレミアムかつ丼への未練をにじませながら、山口はしょぼんとしている。


「……ちょ、ちょっと待って。ほんまに三分で解決してもうたじゃん……」


 しおりがぽつりとつぶやいた。


「む? いやいや、事件はまだ終わっていない」


 帰野玖郎が、なぜか真剣な表情で続ける。


「そもそも“誰が食べたか”ではなく、“なぜ彼女はそれを自分のトレイだと思ったのか”が問題なのだ。これは日常に潜む錯覚、学食のトレイ配置、そして――プレミアムかつ丼という存在の危うさが絡んで――」


「終われ! 今ので終われ!!」


 しおりの渾身のツッコミが、食堂中に響いた。



 ──数日後


 放課後の帰宅部部室――そこは、推理と雑談と意味不明が交差する魔窟である。


「……なあ玖郎。あの地雷系の一年、また学食でかつ丼食べとったで」


 新聞部ギャル、福山しおりがカラフルな爪をいじりながら言った。テーブルの上には撮影済みの学食メニューと、自作の「黎進高校グルメランキング」の原稿。


「学食のカツ丼、彼には抗えない魔力があるようだな。ふむ。人はそれを“依存”と呼ぶ」


 主人公・帰野玖郎は例によって探偵ポーズで考え込む。


「依存ちゃうし。カツ丼やし。ただの昼メシやし」


「それが事件に発展するとは誰も予想していなかった……しかし、彼はあの日、確かに他人のカツ丼を食べた。これは軽犯罪である」


 そこへ、ドアが遠慮がちにノックされた。


「……あのっ、失礼します……!」


 入ってきたのは――件の一年生。やたら礼儀正しく、手に何やら包みを持っている。


「また来たんかい! 君の胃袋、黎進のカツで埋まっとるじゃろ!」


 しおりが突っ込みを入れる。


「私、夜鷺(やさぎ)いおんといいます…あ、あの……あの時は本当にすみませんでした! これ、謝罪の印に……」


 彼はおずおずと包みを差し出した。中身は――


「……カツサンドか」


 玖郎が静かに呟いた。


「実は……また間違えて別の人のカツ丼を取っちゃって……でも今回は未遂で気づいて……で、気まずくて自分のは買えなくて……このカツサンド、持ってきたんです。あの、よかったら……なにやら特製らしいですけど…」


 場が、静まる。


「…………」


「…………」


 玖郎が目を細める。


「つまり、君は……“未遂”だと? それを我々に“供与”することで罪を洗い流そうという魂胆か……!」


「え、ち、違います! ちがっ、ちがいます!!」


 慌てふためくいおん。


「ふふっ。あんた、ホンマにカツに呪われとるんじゃね?」


 しおりがクスクス笑う。


「……だが、その献身と胃袋の勇気、見逃すわけにはいかんな。では、このカツサンド、ありがたく頂戴しよう」


 そう言って、玖郎が袋からサンドを取り出す。


 が――そのとき、ドアがバンと開く。


「ちょ、ちょっと待ってください! それ、僕のです!」


 山口が慌てて立ち上がると、みんなが驚いたように彼を見つめた。


「え? 山口のカツサンド……?」


 しおりが不思議そうに聞く。


「ええ……実は、最近、学食のおばちゃんと親しくなって、こっそり僕専用のカツサンドを作ってもらってるんです」


 山口は少し照れくさそうに答える。


「専用?」


「はい、あのおばちゃんが特別に作ってくれるんです。『今日の分は特に美味しいよ』って言われたから、すっごく楽しみにしてたんですけど、誰かが間違えて取っていっちゃったみたいで……」


「まさか、学食の“特製”カツサンドを取られるなんて……」


 しおりが信じられない顔をして言った。


「私、また、やっちゃいましたか…?」


 いおんが抑揚のない声で言う。


「お約束ですね、わかります」


 しおりが明らかに冷めた目で言う。


「いや、でも、それって……つまり、いおんがおばちゃんが特別に作ったカツサンドを間違って取ったってわけか…」


 玖郎が考え込みながら言った。


 いおんが抑揚のない声でつぶやく

「そうみたいです。でも、今度から気をつけます……本当にすみません…」


「さて、事件の解決はおばちゃんに聞いてみるしかないな」


(この作品はグルメマンガではありません)



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