第10話~紛失された通知表と、終業式~
終業式を終えた放課後、黎進高校2年A組の教室では、どこか解放感のある空気が漂っていた。
「……あれ?」
そんななか、教室の隅で声を上げたのは森川だった。
「……え、ない……通知表、置いてたはずなのに……」
机の中を何度ものぞき込み、引き出しを開け閉めしながら森川は焦り始める。
「どうしたん?」
心配そうに声をかけたのは福山しおりだ。
今日も茶色のショートボブに校則違反の服装でスカートのホックを留めずに上からベルトで留めている。
「……終業式のとき、ちゃんと通知表、封筒に入れてもらって……机の上に置いたまま……そのまま体育館行って、戻ってきたら……ない!」
教室に緊張が走る。まさかの通知表紛失事件である。
しおりが周囲の机を見渡して、ふと疑問を口にした。
「そういえば、さっき山口が何か捨てに行っとったの見たで?」
視線が、ゆっくりと一人の少年に集中する。
「……あ、あの、もしかして……それ……」
山口が挙手しながら、おそるおそる発言した。
「なんか、机の上に“《破棄してください》”って書いたメモが貼ってあって……」
「……それ捨てたん?」
「うん……職員室横のシュレッダーに……」
森川、絶叫。
「俺の通知表ぉぉぉぉぉ!!!」
「……たぶん、“破棄してください”のメモって、先生用の封筒に書かれたやつを、間違えて持ってきて、それに通知書をいれたんじゃろうな。……それで封筒の裏まで見んと裏返したまま教室をでていって…」
事態は、山口の“親切な勘違い”によって起きた悲劇だった。
だが、その沈黙を破ったのは、ひとりの男――
「なるほど。つまり――“森川の通知表”は、意図的に葬られた……」
帰野玖郎がすっと立ち上がった。
「この学校には何かがある。成績データを握りつぶすことでしか守れない“闇”がな……!」
「いやいやいや、犯人もう出とるじゃろ…」
「されど、それもまた人間の味……罪なき日常にこそ、名探偵は舞い降りる」
「そんなんで舞い降りんでええから、ちゃんと帰れ!」
夕日を浴びながら、玖郎はロッカーから鞄を取り出す。
「それでは諸君、また来学期――」
しおりの声が響くなか、帰野玖郎は静かに、しかしどこか得意げに教室を後にした。
こうして、黎進高校の夏休みは幕を開ける。
事件は、いつだって唐突に、そして無駄に始まり――
何ごともなかったかのように、静かに終わる。
しおりは思いだしたかのように突っ込む。
「今回は3ページで終わるん?」
だが、ひとつだけ確かなのは――
帰宅部探偵・帰野玖郎は、今日もどこかで無駄に推理しているということだ。




