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第9話~止まった予鈴と、時を支配せし生徒会~

 ――その放課後、黎進高校は奇妙な静けさに包まれていた。


 チャイムが、鳴らなかった。


 就業時間はとっくに過ぎているはずなのに、校内に響くはずの“キーンコーンカーンコーン”の下校のチャイムが、一向に鳴らない。

 教室内では、生徒たちがそわそわと時計を見たり、スマホをちらっと確認したり、教師の顔色をうかがったりと、まるで時の流れそのものが狂ったかのような空気が漂っていた。


 「なんか……チャイム、鳴らんよね」

 しおりが眉をひそめながら、隣の玖郎に声をかけた。

 ギャル風のメイクに、今日は肩の開いた私服風セーター、相変わらず指定外のベルトでホックを通さずスカートを留めている。

 ほのかにバラの香りと漂わせている。

 今日も校則ギリギリを突き抜ける存在感である。


 「ふふ、面白くなってきたな……」

 帰山玖郎は顎に手を当て、なぜか満足げにうなずいた。


 「いや、帰れんし…迷惑なだけじゃろ?」


 「これは事件だ。時間そのものが封じられたような、そんな異常事態……!」


 「いや、単に鳴らんだけじゃけぇ…」


 玖郎は立ち上がり、黒板の時計をじっと見つめる。

 秒針は、きちんと動いている。つまり、時計は正常だ。ということは――


 「下校チャイムが鳴らない。それは“誰かが意図的に鳴らさなかった”ということではないか?」


 「でたわ、無駄な推理の時間じゃ…」


 そのとき、教室のドアが開いた。


 「すみませんでしたああああああ!!」


 駆け込んできたのは、例によって例のごとく――山口である。


 肩で息をしながら、彼は叫んだ。


 「僕が……放送室のチャイム設定、いじってしまいました! 今日の掃除中、校内放送のBGM設定しようとして……そのまま予鈴の時間、消してしまってて……!」


 しーん、となる教室。


 玖郎はまだ黒板を見つめていた。


 「……いや、ちょっとは驚くとこじゃろ…」


 しおりの的確なツッコミが、教室内の静寂を打ち破った。

 

 生徒は下校の準備を始める。


 かくして事件は、三ページで終わった。


 だが――玖郎の頭の中では、事件の幕が、いままさに上がろうとしていた。


 ──止まった予鈴…。


 「いや、待て……待ってくれ、山口」


 玖郎はゆっくりと立ち上がり、眼鏡をくいっと押し上げた(※伊達眼鏡である)。


 「──それがトリックだとしたら?」

 

 「また始まったわ…」


 「本当に君が“間違えて設定をいじった”だけなのか? いや、そうではない。そうであってはならないのだ……!」


 「いや、そうなんだけど……」


 「この学校で、もっとも時間を操れる場所はどこか? それは……放送室!」


 玖郎は教室の机をバンと叩いた。


 「時を告げる音を止めることで、生徒の動きを制御し、混乱を誘発する。誰がそれを望む? それは、すなわち――」


 彼はゆっくりと前を向く。


 「“生徒会”だ……!」


 「はあ!? 山口が間違えただけじゃろ!?」


 「おかしいとは思わんないか?チャイムが鳴らないだけで、校内は“時間”を見失い、全体が混乱状態になる。そう、これは一種の“心理実験”……!」


 「してないじゃろ?」


 「つまりこうだッ!」


 玖郎は教卓の上に飛び乗った。


 「生徒会は、黎進高校を“時間で統治する”ために、まず予鈴という名の“時間の律動”を破壊した! 時計ではなく、音で人々を動かす“音響支配”!」


 「かっこつけとるん…?」


 「さらに、もし今後もチャイムが鳴らなくなったとすれば……次に生徒たちはどうする? スマホを見る! そう、時間の確認手段が“個人化”するのだ!」


 「いや、現代っ子やけんそれは普通じゃろ?」


 「それこそが、生徒会の狙い……!」


 玖郎は空を仰ぐように手を広げた。


 「“共通の時間”を破壊することで、生徒たちの行動を“自己責任”に変え、最終的にはすべての規律を“通知アプリ”に置き換える……!

 その通知を制御するのが、生徒会――つまり“時間の神”!」


 「またディストピア構想なん!?」


 「生徒会の静……いや、“時間管理者クロノマスター”こと白鐘静しろがねしずかが、ついに動き出したというのか……!」


 「名前変わっとるやん!」


 玖郎の脳内では、既に校内全体が巨大な時計仕掛けと化し、生徒会室の奥に鎮座する静が、銀の懐中時計を持って不敵に笑っていた。


 「時間は、我ら生徒会のもの。――さあ、決断せよ。お前の下校時間も、息をするリズムも、すべて我らの“スケジュール”のうちにあるのだ……」


 「なんなん…」


 と、言いつつも、静なら若干そんなこと言いそうと思うしおりだった。

 玖郎の妄想は止まらない。


 「だが……この帰野玖郎、“時間の亡命者”として、その支配には屈しない……!

 時の牢獄から生徒たちを解放するために、僕は戦う。僕が今から押す、この“チャイムのスイッチ”でッ!」


 「いや放送室入れんじゃろ…」

 

 その時教室のドアが開いて、静が入ってきた


 「帰野玖郎。あなたね、また余計なことしてくれたのは」


 「い、いやあ静さん……いや、葛原さん……?」


 「葛城です」

 バチンと空気が弾けるような声。静の視線は、冷たいけれどどこか呆れていた。


 「また、余計なんが来たわぁ…」 


 葛城はため息をつく。


 「今回は山口くんのミスってことで、特に処罰はないけど……。帰野くんは、自分の妄想で無関係な生徒を疑ったでしょう? その謝罪として」


 トン、と彼女は机を叩いた。


 「あなたの推理聞かせてもらおうかしら?今回の件、“推理”で解決してもらうわ。頭の中で」


 玖郎は、一拍の間を置いて、静かに笑った。


 「静…ちょっと楽しみにしてるじゃろ?」


 「つまり、妄想の中でなら何をしても……」


 「……怒られないとは言ってないわよ?」


 こうして、放課後の無駄な時間が過ぎていく…。

 

 それは静寂の中で始まった。


 「――時計塔。黎進高校には、存在しないはずのその塔が、忽然と現れていた」


 玖郎は窓の外を見つめながら、物語を語り始めた。


 「それは霧の朝だった。チャイムは鳴らなかった。いや、正確には“時間が封じられた”のだ。何者かが、時を止めた。だがそれは単なる物理的な異常ではない――精神的、心理的な干渉だった。すなわち“人間の認識”をねじ曲げる力……」


 「うわ、始まったで……」

 しおりがそっとつぶやくが、玖郎の妄想は止まらない。


 「その犯人の名は――“時の番人”」


 ──彼はそう呼ばれていた。生徒会に潜み、すべての時間割を支配する男。誰よりも早く登校し、誰よりも遅く去る。職員室の鍵すら自在に操る、謎多き存在……。


 「そして奴は、チャイムを止めたことで、何を得たのか? ――それは、“無限の昼休み”だ」


 「それただのさぼり魔じゃろ?」


 「無限の昼休みの中で、パンを何個でも食べ放題……購買を一人で支配できる……そう、パン好きによる革命だったのだ!」


 「パン好きすぎん?」

 

 「止まった時間の中で、真に動いていたのは――パンの袋だけだった……!」


 玖郎の表情は真剣だった。推理というより、もはや詩人。いや、パンへの熱狂的信仰者。


 「購買の棚は空だった。売る者はいない。だが、買う者もいない。そこに存在するのは、“無限”――時の牢獄だ」

 

 「山口が買い占めたんじゃろ…」


 しおりの冷静な声にも、玖郎は応じない。


 「つまり、“時を止めることで購買のパンをすべて独り占めする”という狂気の計画……それを実行したのが、【生徒会の闇】というわけだ!」


 バンッ!


 机を叩き、立ち上がる玖郎。


 「犯人は、生徒会書記・葛城静香。またの名を“時の牢獄の看守(クロノ・ジェイル)”。昼休みのパン争奪戦に嫌気が差し、ついにチャイムを封じることで、無限昼休みを作り出し――」


 「パン好きすぎるじゃろ…それに、時の番人とかじゃなかったん?」


 冷ややかな声が、玖郎の幻想を打ち砕いた。


 「犯人は山口くんで確定です。パンの独占計画なんてありません。」


 「そうだよ。俺が間違えてチャイムの設定消しちゃったんだよ。」


 玖郎はそっと視線をそらした。


 「……やはり、真実というものは、いつも容赦ない」


 「その前に、自分で作った嘘から目ぇそらすな…」


 「時を操る者は存在しなかった……しかし、時間に翻弄される人間の愚かしさだけは、浮かび上がった」


 「はあ…なんなん…」


 「ふふ……だが安心するといい、しおりくん。僕がいれば、黎進高校の時は止まらない」


 「いや今日、止まったんじゃけど……」


 こうして、玖郎の“無駄推理”はまだ続く──、と思われたが…。

 

 「お前ら早く帰れよー」


 体育の松永先生が入ってきて、玖郎は“時間停止ポーズ”を取ったまま、連行されていった。


 事件は解決していたが、玖郎の戦いは、まだ終わっていない。

 

 連行される直前、玖郎は静かにこう呟いた。


 「……時は、止まったままが一番平和なんだよ。放課後みたいにね」


 「おみゃあがサボりたいだけじゃろ!」


 (次回の事件も大体3ページあれば解決します)

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