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外で待機していた執事のおじさんの先導で、王宮の薄暗い廊下を進む。大佐の横に並んで見上げると、相変わらず感情の読めない目が見返してきた。
「あの、大佐。いただいた指輪はどうしたら?」
「貴方の財産ですので、好きにして構いませんよ。身に付けてもよいですし、売っても咎められるものではありません」
「はあ」
身に付ける気は無いし、売るのもなんだか悪い気がする。メヒティルデは何も問題はないとか言ってたけど、問題だらけだ。
「あ、そういえば。先程言われた言葉で気になったのですが。黒鷲?騎士とは何でしょうか?」
指輪が気になってそれどころじゃなかったけど、今更気になってきた。騎士のランクみたいなもんだろうとは思うけど。
「黒鷲騎士団は皇帝陛下直属の騎士団です。帝国の前身となった王国時代から続く、由緒正しい称号ですよ」
「そう、なんですね?」
「本来は皇族とその家臣団のみで構成されますが、皇帝陛下は随分と貴方を気に入ったようですね」
「はあ……?」
何か気に入られるようなことをしただろうか。さっき疲労回復はしたっぽいけど。
「黒鷲官を任命するのは久し振りですね。私の記憶違いでなければ、百年前の帝国統一期が最後だったはずです」
「はあ。その、黒鷲官とは?」
「先程、黒鷲官の証として短剣を受け取ったでしょう?」
「え」
あのペーパーナイフみたいなやつか。ベルトに雑に差してあるけど、これって何か大切なものだった?
「ええと、これは、いったい」
「黒鷲官は皇帝の剣そのもの。その短剣を手に行われた全ては、皇帝陛下が直接手を下したのと同じものとして扱われます」
「は」
「百年前、黒鷲官は帝国統一に反対する王国に派遣され、国王に対して短剣を突き付け従属か死かを迫ったとされています。今風に言うのであれば、全権大使でしょうか」
「えーと、ちょっと待ってください?」
国王に死を迫る?なんで私がそんなものになってるの?
「あの、大佐?」
「何でしょう?」
「ええと、すみません。皇帝陛下は、何故私にこれを?」
腰に差した短剣をそろーっと触ると、繊細な装飾が指に触れた。なんだかいきなり重くなった気がする。
「陛下のお考えは分かりませんが、何かを命じようというわけではないと思いますよ。あえて言うなら、釘を刺された、ということでしょうか」
「釘を?」
「貴方の力は唯一無二の神の奇跡です。世界中を探したところで、同じ力を持つ者は見つからないでしょう。……今のところは」
大佐がちらりと乙女を見た。私の影に隠れようとしているが、あいにく私が小さくて隠れられていない。ごめんね。
「今後、貴方の力を手に入れたいと望む者達が出てくることが予想されます。その時に、貴方の力は帝国の、皇帝のものであると示すために、皇帝の剣としたのではないかと」
「はあ……」
あんまり理解できていないけど、要は唾付けられた感じか。連隊規模の傷を癒し、敵の攻撃を無力化する。数十万人が対峙する戦線全体で見れば決定的な力ではないかもしれないが、無視はできない。それに秘密にしてはいるが、治癒を暴走させて人の命を奪うこともできる。作戦参謀のデューリング少佐にも言われたが、暗殺には便利な能力だろう。
「なんとなく、理解はできました」
「それは何よりです」
私の力について報告を受けていたにしても、あの場の一瞬で判断し行動できるのは素直にすごいと思う。さすがは帝国の最高責任者。愛人囲ってるのはちょっと擁護できないけど。
車止めには来た時と同じ自動車が並んでいた。大佐と別れて乙女と二人後部座席に乗り込むと、どっと疲れが襲ってくる。ふーっと大きく溜め息を吐くと、隣の乙女が肩を寄せてきた。
「疲れましたね」
「うん。お腹空いてるはずなのによく分からない」
「ですね。すごく緊張しました」
乙女の瞼が重そうだ。朝から晩まで慣れない環境で偉そうな人達と接していれば仕方ない。私も戦場にいるより緊張した。あっちの方が次は砲弾が飛んでくるなとか予想できるぶん気が楽だ。
「あの、初めて力?奇跡?を見たんですけど。すごく、綺麗でした」
横から乙女がじっと私を見つめてくる。あの緑の光が飛び交い消えていく光景は、蛍みたいで実際綺麗だ。私は慣れ切ってしまって大して感慨も湧かないが、そういえば乙女に見せるのは初めてだったか。
「ありがとう。……たぶん乙女にもできるよ、あれ」
「そうなんですか?」
召喚した大佐の目的がそれだし、私と同じで便利翻訳機能が使えるなら治癒もできるだろう、たぶん。
「私の時は……ああ、庭師さんが怪我したのを見て、それでできるようになったんだ」
「そういうものなんですね」
「うん。だから、乙女も何かきっかけがあればできるんじゃないかな」
ちなみに防御は召喚されたその場で大佐に撃たれたらできるようになりました。これは言わないけど。
「できるようになりたい?」
「ええと……。はい。何か、私にもできることがあれば」
そう答える乙女の目からは、さっきまでの眠そうな感じは消えていた。奥に熱を感じる、真剣な瞳だ。
「うん、分かった」
皇帝行幸を受けて、大通りは電飾に照らされ夜になっても賑やかだった。私達の乗った車は、その中を順調に進んでいく。やがて街灯も無くなり、真っ暗な道をヘッドライトだけが照らすようになった。先の見えない道を進む車の中で、私達は無言で肩を寄せ合い座っていた。




