92
そんな話をしているうちに、女の子がいつの間にか私の側まで来ていた。十歳かそこらくらいだろうか。身長は私よりやや低い。灰青色の瞳が、薄暗いシャンデリアの光を映してキラキラ輝いている。
「あなたは魔法が使えるのね?」
「魔法、なのかは分かりませんが。病気や怪我を治すことはできますよ」
「緑の光がきらきらして。あんなに綺麗なもの、初めて見ました」
白い肌に赤く染まった頬が可愛らしい。大人になったらすごい美人になりそうな子だ。その子の視線が、後ろでじっと控えていた乙女に移る。
「あなたも魔法が使えるの?」
「いえ、私は、何も」
突然振られた乙女が慌てて答える。彼女にどのような能力があるのかは分からないが、現状で便利翻訳機能は発現している。大佐が私と同じような奇跡を求めて召喚したのなら、何かきっかけがあれば治癒や防御ができるようになるのかもしれない。
「まだ見習いなのね?」
「そう、ですね。はい」
「ふーん。……ねえ、それならわたしの騎士にならない?」
「ええと?」
乙女が困ったように私を見てくる。騎士の私の見習いだから、将来的には騎士になるだろうということだろうか。「わたしの」というのがよく分からないけど。
「リーツェ、困らせるようなことを言ってはいけませんよ」
「でも、魔法を使える騎士なんて素敵じゃない?ドラゴンに攫われたら助けに来てね、騎士様」
リーツェと言うらしい女の子は、くるくる回りながらメヒティルデの隣に戻っていった。ドラゴンに攫われたお姫様と勇敢な魔法騎士、みたいなお伽話があるんだろうか。姫に忠誠を誓う騎士とかいうシチュ、憧れるよね。
「娘が失礼いたしました」
「いえ。どうかお気になさらず」
可愛いだけで失礼ではなかったかな。ソファに腰掛けたリーツェと目が合うと、いたずらっぽく微笑まれた。重厚な宮殿の内装にまるで負けていないビジュの強さ。色々事情があるみたいだけど、本物の貴族階級のお嬢様だもんね。
「コートリー中尉、本日は本当にありがとうございました。わたくしでは大したお礼もできませんが、これを」
そう言ってメヒティルデが指輪を外し、差し出した。それをリーツェが受け取り、もったいぶった仕草で歩いてきて乙女に渡す。指輪を手にした乙女はどうしたらいいのか分からない様子で私を見てくるが、もちろん私もどうしたらいいのか分からない。
「従者は下賜の品を改め、それを主人に渡せばよいのです。細かな作法については後程説明いたしましょう」
大佐がやんわり割って入ってくれた。偉い人は直接動かず、召使が色々とやりとりをする、みたいな感じってことかな?リーツェの今の動きがたぶん作法に則ったやり方なんだろう。乙女が恐る恐る差し出してきた指輪を手に取ると、大きなエメラルドをダイヤモンドで囲んだ金の指輪だった。宝石の価値なんてまるで分からない私でも、これがとんでもなく高価なのは分かる。
「あの、これを受け取るわけには」
「そう仰らずに。この子の命の代償としては安すぎるくらいです」
メヒティルデはおっとり笑っているが、こんなもんを手に持っているだけで緊張する。傷付けたらどうしようとか、心配しか出てこない。よくこれを指に付けて平然としていられたな?それが貴族ってもんなのだろうか。
「その、正直なところ私には不釣り合いと言いますか」
「黒鷲騎士に叙された方なら何も問題はありませんよ。皇帝陛下の剣として励んでください」
「……はい」
返品はできなそうなので、諦めて指輪をポケットにしまう。落ち着かない……。こんないかつい指輪を付ける気にもなれないし、どうしたもんか。そうやってうだうだ悩んでいるうちに王宮の使用人が入ってきて、何やら動き始めた。どうやら本日の謁見はこれでおしまいらしい。大佐が何やら難しい言葉で挨拶をするのに合わせて頭を下げると、メヒティルデとその子ども達は奥の扉から退出していった。
「これで終わり、でしょうか」
「はい。改めて、騎士叙任おめでとうございます」
「ありがとうございます」
歩き出した大佐の後ろにくっついて部屋を出ると、窓の外はもう真っ暗だった。なんか疲れたな。あとお腹空いた。乙女もどこか疲れた顔をしている。長い一日だったもんね。




