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「……分かりません」

 正直にそう答えると、また皇帝とのにらめっこになってしまった。誰か何か言って……。

「その、私は今まで戦場で負傷した兵士の治療にあたった経験しかありません。ですので、ええと」

「できぬ、と?」

「そうではなく。やってみないと分からない、というか」

 詰められても分からないものは分からない。私自身、治癒の力がどういうものなのか分かっていないのだ。怪我は治せる。感染症も治せる。基本的には「元に戻す」能力だと思う。それと、その元に戻す力を暴走させて息の根を止めることができるのも経験済みだ。では、その元に戻す力を先天的な病気に使ったならどうなるか?生まれつき心臓が弱くてその状態で成長してきた体が、急に「正常」になった心臓の送り出す血液の圧に耐えられるのか?皇子の病気の原因が何かは分からないが、遺伝子異常によるならそれを「元に戻す」というのは……遺伝子の書き換え?それは……治療というよりもう、別の生き物にするということでは……。

「では、やってみれば良いのでは?」

 斜め前に立っていた大佐が、なんでもないことのように言い放った。思わず見上げる私をちらりと見て、唇を笑みの形に歪める。

「貴方の力は神の恩寵。神の思し召しのままになることでしょう」

「いや、あの」

「ふむ」

 皇帝が目を閉じ、深々と息を吐いた。ややあって再び開いたそれはどろんと濁り、灰色の瞳だけがギラついている。戦場でよく見た目だ。度重なる死の恐怖に打ちのめされ、壊れた人の目。後方にいたとはいえ、帝国の最高指導者として大戦の全責任を負うというのがどれほどの重圧なのか。少し冷静になってみると、元帥徽章を付けた老人達も同じような目をしていた。一人は震える手でグラスに注がれた液体を啜っている。色からするとブランデーとかか。大臣も落ち着きなく膝を揺らしている。

「そうだな。やってみよ」

「ええと、恐れながら」

「構わぬ。どのような結果になろうとその責は負わずともよい」

「その……」

「陛下のご厚情に感謝いたします」

 大佐が勝手に頭を下げ、皇帝も頷く。どうやら、これで治癒実行の流れになったらしい。私は何一つ同意してないんだが?

 場の空気が、完全に私の行動待ちになってしまった。大佐、完全にタイミング狙ってやっただろ。素知らぬ顔で前を向いているけど騙されないぞ。皇后も少し不安そうに私を見ている。その手は相変わらず、苦しげな息をする男の子の背を撫でている。

 ──まあ、この子が少しでも楽になるならいいか。

 完全に治せるのかどうかは分からないが、少なくとも今の症状を和らげることはできるはずだ。それなら今までやってきた治癒と変わりはない。腹を決めて、右手を前に出す。伸ばした指先から、緑がかった光がふわふわと薄暗い部屋に飛び出していった。

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