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たぶん全部食べることは想定していなかったであろう焼き菓子盛り合わせを遠慮なくいただき終えた頃、執事のおじさんが戻ってきた。
「皇帝陛下より呼出でございます。鏡の間にご案内いたします」
「了解しました」
つい敬礼を返してしまったが、この人は軍人じゃなかったな。半年かそこらの軍生活で習慣化してしまっているようだ。先導するおじさんにくっついて移動する間、鏡の間の由来について話を聞いた。元々は高価な鏡を壁と天井一面に使った部屋だったが、鏡の価値が低下するにつれ内装も変わっていき、今では天井の一部にその名残が残るのみだそうだ。場所は王宮の中でも王家の私的な空間と公的な宮殿を繋ぐあたり。さっきのツアーでは立ち入らなかった、皇帝の滞在区域だ。
階段を上がって下ってを二度ほど繰り返した先、大きな扉の前には大佐も待っていた。長身の大佐が軍の礼装に身を包み、壮麗な宮殿に立っていると絵になる。さすが本物の貴族。
「晩餐会の前に謁見の運びになったようですね。長引かないようで安心しました」
「あの、私はどうしたら?どう振る舞えばいいのでしょうか」
「貴方は騎士です。堂々としていればよいのですよ」
「堂々と、と言われましても」
「殊更に跪いたりする必要はありません。会話も……まあ、常識的な範囲内なら許されます」
「はあ」
その「常識」が分からないんだってば。あんまり口を開かないようにしていればいい?乙女は不安そうだが好奇心が勝っている、という感じだ。
「従者はどうすれば?」
「主人と同じように行動していれば特に作法から外れることはありません。ただ、主人から話し掛けられた場合を除き発言は控えるようにしてください」
「分かりました」
乙女が真面目な顔で頷いた時、扉が開いた。侍従がまた大声で何かを叫ぶ。なんちゃらのアーレン卿となんちゃらの騎士、と言っていたようなので、私達の到着を伝える口上のようだ。扉が開く度にこんな大声で叫ばなきゃいけないっていうのも大変な職業だな……。大佐が動き出すのに合わせて、私もその後ろを追う。乙女が付いてくるのが視界の端に映った。
室内は薄暗かった。あえて薄暗いのではなく、照明が足りていない感じか。天井からは豪華なシャンデリアが下がっているが数が足りない。あと、たぶんこの部屋には窓が無い。昔は全面鏡貼りだった、って言ってたっけか。鏡で灯りが反射してやっとこさ、くらいの部屋だったんじゃなかろうか。
部屋のいちばん奥まったところにソファがあって、何人か腰掛けているのが見えた。中心に居るのがさっき見た皇帝。その隣に座っている女性が皇后だろうか。どう見ても老人の皇帝と並ぶと、ずいぶん若く見える。ユーリアよりは年上だろうけど、せいぜい三十代くらい?その女性に甘えるように寄りかかっている男の子が一人。もう一人、しゃんと背筋を伸ばしたお姉ちゃんっぽい女の子がいる。傍には軍装の老人が二人、礼装の男性もいる。軍装の人は赤地に金葉の元帥徽章を付けているので、たぶん帝国軍総司令官とか参謀総長とか、そういう偉い人だ。そうなると礼装の人も大臣とかだろうか。
「お召しにより参上いたしました」
大佐が胸に手を当てて頭を下げたので、私も真似してみる。こういう場での振る舞いに慣れている人がいるなら、それに倣えばいい。
「……うむ」
皇帝が深々とソファにもたれたまま応え、じっと私を見てきた。黙ったままじっと見つめられて、目を伏せて良いものかどうかも分からず見返す状態で固まってしまう。どうする?ガン飛ばしてるみたいになってるけど大丈夫?
ひゅう、と息を吸う音が聞こえて、金縛りみたいに固まっていた体が動いた。音の主は男の子だ。ひゅうひゅう苦しそうな息をする背中を、皇后がゆっくり撫でている。よく見ると指の色が悪い。指先が太く見えるのは、何かしら慢性の病気を持っている?
「これは、生まれつき体が弱くてな」
こちらも健康には見えない皇帝が、深く息を吐き出しながら口を開いた。口ぶりと視線からすると、男の子は皇子のようだ。女の子は皇女かな。
「医者は心臓に穴が開いていると言っていた。どうにも塞ぐことはできんと。一生付き合っていくしかない、と」
淡々と語る口ぶりにどきっとするが、皇帝の視線には優しさを感じる。家族に対する愛情はあるらしい。
「聞けば、其方は手足を自在に生やすとか」
「……はい」
自在ににょきにょき生やしているわけではなくて、元あった形に治しているだけです。訂正したい気持ちをぐっと堪えて、言葉の続きを待つ。
「ならば、心臓の穴も塞げるか」
「それは……」
どうだろう?
それが撃たれて開いた穴なら、今までも治してきている。さすがに心臓だとあっという間に呼吸が止まるので救命できないこともあるが、原理としては腹を撃ち抜かれたのを治すのと一緒だ。私の治癒の力は、超高速で元の形にする能力。傷は綺麗さっぱり消えて無くなる。
でも、それが生まれつきのものだったら?生まれつき腕のない人、足のない人に私の力を使った場合、その手足は生えてくるのか?今までその人に存在しなかったものが?もし生えたとして、今までの人生で一度も使った経験のない手足を動かすことができるのか?
皇帝はじっと私の返答を待っている。皇子がひゅう、ひゅうと息をする音が、静かになった鏡の間に響いた。




