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まだ共和国軍侵攻の傷跡が残る首都の大通りには帝国旗と連合王国旗が翻り、ちょっとしたお祭り状態だった。正式に勝利したわけではないが、皇帝が堂々と敵国首都に入城するのだ。一年に及ぶ戦争が終わろうとしている高揚感が、自動車で通過するだけの私達にも伝わってくる。
暗殺でその主を失った王宮は、今は連合王国政府の首相府のような役割を担っているそうだ。戦争が終わり海外に逃げている王族が戻ってくれば再び王宮として機能するかもしれないが、ユーリアによると国民感情としてそれは難しいのではないかということだった。王家直系は暗殺されているし、生き残った王族のうちある者は共和国に協力したことで現政府から追放されている。他も共和国と関係の深い新教国に亡命したので人望はまるで無い。このまま共和制に移行するのではないか、という見方が大半だそうだ。
その王宮は、絵に描いたような白亜のお城だった。車を降りて導かれるまま中に入ると赤絨毯。階段を上って巨大な窓の並ぶ廊下を進み、通されたのは大佐の館の大広間を少し豪華にした感じの部屋だった。
「ここが謁見の間です。皇帝陛下がいらっしゃるまで自由に過ごしていて構いません」
「はい」
大佐の言葉に一応頷くが、自由に過ごせと言われても何ができるわけでもない。とりあえず壁に並ぶ絵を眺めていると、乙女も寄り添うようにぴったり横にくっついてきた。ちなみに今日はユーリアとスザナはお留守番だ。軍組織の中での私の従卒なので、身分的に皇帝に対面することはできないらしい。乙女は騎士予定の私の従者見習い予定、という微妙な身分ながら同席できる。あんまり遠出させるのもどうかと思ったので館に残るようすすめたが、「一緒にいたい」という可愛い理由で付いてきた。本当にこの子はもう……。おばちゃん何でも買ってあげちゃうよ?騎士になると年金出るらしいし。
たぶん歴代の王様と思しき人達の肖像画を順番に眺めているうちに、私達が入ってきたのとは別の扉が開いた。皇帝の侍従が何やら大声で叫ぶのに合わせて、私と乙女は部屋の中央に移動し跪く。叫んでいるのは皇帝を示す雅号というか、「数多の王国を束ね北の海を支配する王の中の王にしてなんちゃらの保持者、神のなんちゃらの代理人」みたいな口上だ。大佐に教えてもらったけど忘れた。とにかくそんな言葉が聞こえてきたら跪く。そしたら皇帝が出ていくまで口を閉じてじっとしている。それだけ覚えておけばいい。
しばらくすると大勢がどやどや歩いてくる音がして、侍従がガッと派手な音を立てて靴を合わせた。俯く視界の端に、足がたくさん見える。まっすぐ私の方に近付いてきたそれが立ち止まると、部屋が一瞬しんと静まり返った。しゃりん、と剣を払う音がして、私の肩にずっしりした金属が乗せられる。低い声が何やら呟いて、剣をぽんぽんと両肩に当てた。古語で帝国に忠誠を尽くす誠実な騎士たれ、みたいなことを言っているらしいが、もちろん私には分からない。あとは同じく古語で祝福の言葉が述べられ、皇帝が退出したら叙任式は終わり。移動含めて半日がかりだけど実際の式は一分もかからない。まあ、大学病院の診察みたいな感じだ。
低い声が聞こえなくなって、剣を鞘に収める音がした。これで皇帝が退出したら終わり……の、はずだが、動く気配がない。何かトラブル?俯いている私からでは状況が全く分からない。
「──其方は」
低い声が、聞き取れる言葉を使い出した。
「癒しの力を持っているとか」
これ、私に話しかけてる?大佐から聞いた話では、直接のやりとりは無いはずだったけど。どうしたらいい?周りはしんとしたままだ。
「……はい」
「ふむ」
答えちゃったけど、これでいいの?大佐に今すぐ確認したいが、今どのあたりにいるのかも分からない。顔を上げていいのか?どうする?
「では、しばし待て。おって沙汰する。アーレン卿、後は任せた」
「御心のままに」
後ろから大佐の声がした。アーレン卿って大佐のことか?そういえばあんなんだけど偉い人なんだよな、あんなんだけど。
一団が動き出した。足が扉の方に向かうのを確認して、少しだけ顔を上げる。集団の中で、誰が皇帝かは一目で分かった。一際派手な、金糸で彩られた軍装に身を包んでいる。鮮やかな赤の襟と金モールに縁取られた上、その顔は私の方を向いていた。
べったりと固められた白髪。ぴんと張った髭。皺の目立つ額に、こけた頬。黒い隈に縁取られた奥から、暗く濁った灰色の瞳が私を射抜く。
疲れ果て、壊れた老人。それが、皇帝の第一印象だった。




