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冬の訪れを感じる頃、新聞にでかでかと『帝国軍、共和国首都を包囲』の見出しが踊った。首都攻略まで一ヶ月、と豪語していたよりは遅れているようだが、戦争は帝国の思惑通りに進んでいるらしい。新聞報道の限りでは、共和国北部は帝国の支配下に落ち、海を隔てた新教国は軍事的支援を断念。大洋の向こうの共和連邦の世論はどっちつかずで、極東の植民地利権にしか関心が無い様子だそうだ。このまま行くと共和国は降伏、あるいは不利な条件での講和になるだろうという分析が載っていた。連合王国は共和国に侵攻された恨みがあるので書きぶりは辛辣だが、情勢自体は事実だろう。
「共和国内の帝国支配地域は北部五分の一程度ですが、共和国南部は農業主体で工業・経済の中心は北部にあります。共和国政府は南部に疎開しているようですが、このまま戦争を継続するのは厳しいでしょうね」
「そうなんだ」
朝食を摂りながらユーリア先生の解説を聞く。詳しくは語りたがらないが、彼女もこの戦争で家族を失っているので共和国に対する感情は最悪だ。美人のユーリアが時折ひんやりした青い瞳で新聞記事を眺めているのを見つけてしまうとぞわっとする。
西部戦線が片付いたら、私はどうなるのだろうか。
今も実質隠居生活みたいなものだが、このままこの館に留まるとも思えない。別の戦線に駆り出されるのか、何か他の役割を与えられるのか。乙女改めマリーアのこともあるし、先が読めない。
その乙女は、相変わらず毎日教科書を読んでいる。物理と生物の音読が終わり、今は世界史の教科書を頭から読んでいて中世に差し掛かったところだ。私だったら心が折れるが、彼女はわりと楽しいと言っていた。
「何ていうか、読み聞かせみたいで。勉強にもなるしいいかなって」
天使か。さすが聖乙女マリーア。速記係の助手さんとも顔見知りになり、それなりにリラックスした日々を送れているようだ。私も暇つぶしで拾った教科書を読み進めているうちに、さらに一週間が過ぎていった。
館の主が帰ってきたのは、きんと澄んだ空気のよく晴れた午後だった。見覚えのあるオープンカーがロータリーに入ってきて、あんまり見慣れたくない長身の人物が降りてくる。一分の隙もなく軍装に身を包んだ彼は、館に入ってくるなり私を召喚した。
「ご無沙汰しております。手紙の一つも出すことができずに申し訳ない」
「いえいえ、お気になさらず」
例の書斎に大佐と二人、ソファに向かい合って座る。ぴしっとアイロンのきいたズボンに乱れ一つない髪。イーペルよりさらに先、共和国首都から戻ってきたとは思えない。この人も何か魔術的なものを使えるんじゃなかろうか。……よく考えてみれば召喚術も魔術か。使ってたわ。
「帝国軍の状況については?」
「首都を包囲し共和国の降伏も間近、とは聞いています」
「ふむ。では、最新情報をお伝えしましょう。昨日、共和国首都防衛軍が降伏勧告を受諾しました。これにより、首都防衛軍は武装解除のうえ南部に移送、晴れて帝国軍は首都入城の運びとなります」
「それは……おめでとうございます」
どうやら首都が灰燼と帰すような決戦は起きずに済んだらしい。市民に犠牲が出なかったなら何よりだ。
「ありがとうございます。私はこれも貴方のおかげと考えていますよ」
「はあ」
何故遠くこの館にいた私が出てくるのか分からず首を傾げていると、大佐が穏やかに微笑んだ。
「急編成の首都防衛軍には、イーペル戦線の敗残兵が多く含まれていました。彼等が不死の軍団や『黄』弾の恐怖について煽ってくれたおかげで、軍の士気は極めて低かったと聞いています。末端の兵士はどう逃げるかばかり話していて、市民から罵倒される始末であったとか。イーペルの聖女の加護が、遠く首都まで届いたのです」
「はあ、それは。そうでしたか」
正直なところ加護とか言われてもピンとこないが、恐慌状態で逃げ出した兵士達が良い働きをしてくれたらしい。それで戦争が早く終わったのならまあいいか。
「これだけの働きをしてくださった貴方に何も報いることができず、大変心苦しい限りです」
「いえいえ、本当にお気になさらず」
ええ本当に。余計なことは考えずに放っておいてくださるとありがたいです。
「そこで」
「はい」
大佐がぐいっと身を乗り出してくる。青く澄んだ目には、どこか妖しい光が宿っていた。嫌な予感しかしない。
「来週、帝国西部方面軍は共和国首都入城式を執り行います。これには皇帝陛下も殊の外お喜びで、自ら白馬を駆って先頭を進むのだと意気込んでおられます」
「はあ」
「前にもお話ししたように、残念ながら貴方はこの栄えある入城式に参加することはできません。我が身の力不足を嘆くばかりです」
「ええ。それは、はい」
軍人にとっては何よりの栄華なのかもしれないが、私は何の関心もない。むしろひっそり暮らしたい。余計なことはしないでほしい。
「到底穴埋めにはならないかと思いますが、ささやかな贈り物を準備いたしました。気に入っていただけると良いのですが」
「ええ、あの。本当にお気になさらず。私は現状に満足していますので」
本当に、心の底からいらない。大佐の用意する贈り物なんてヤバいもの以外に思いつかない。そんな私の様子を見て、大佐はさらに笑みを深めた。
「相変わらず謙虚ですね。聖女に相応しい徳目だ」
「いえ、そんなに立派なものでは」
「……三日後、皇帝陛下は連合王国の首都に行幸されます。そこで連合王国指導部の表敬を受け、翌日共和国首都に向け出発する予定です」
「はい」
「そこで、今回の戦争で功あった者への叙勲も行われます。貴方にはそれに参加していただきたい」
「はい。はい?」
唐突に話を振られて返事をしてしまったが、何?叙勲?
「植民地出身の女性ということで少々揉めましたが、最終的には貴方の活躍が皇帝陛下の耳にも入り、騎士に叙することが承認されました。おめでとうございます」
「……はい?」
騎士……って、あのお馬に乗ってる、騎士?




