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 翌朝、非常に丁寧な挨拶と共に大佐は前線に向けて旅立っていった。博士は助手を引き連れてやって来て、乙女に教科書を音読してもらって速記するという面倒な仕事をさせている。乙女が持っていたのは物理、生物、英語、世界史、現代文。高校一年から物理と生物やるって珍しくない?と思って聞いたら、物理は科目としては科学と人間生活という名目でやっているそうだ。ほんのり進学校の匂いがする。受験に失敗したとか言っていたけど、彼女を見ていると勉強ができないとかじゃなくて優秀で上を目指しすぎた感じじゃなかろうかと思う。

 ユーリアとスザナは週の半分ずつ軍病院のお手伝いに行くことになった。後送されてきた負傷兵の受付みたいな部門で働いているらしい。現代風に言うならERだろうか。残りの半分は館での自由時間。ユーリアは大佐の蔵書──オカルトではなく医学書の方──を読んで自主的に勉強しているようだ。スザナは……出かけて何やらやっているみたいだけど詳細不明。「お金稼がないとですね」とニコニコ言っていたので「危ないことはしないでね」と伝えておいた。まあ一応軍人だし拳銃携行しているし、滅多なことは起きないと思うけど。

 私はというと、ほぼ乙女とくっついて動いている。帝国語が分かるようになってからは落ち着いたとはいえ、館の使用人達と話すのにはまだ少し抵抗があるようだし、博士と二人きりにするわけにもいかない。部屋も一緒だし、離れる時間がない。

 ……うん、部屋が一緒。用意された乙女の部屋は確認したし、ずっと一緒にいても気が休まらないだろうからと自分の部屋で過ごすことを薦めたんだけど、彼女が一緒がいいって言うので。私は狭い塹壕での三人暮らしで慣れているからいいけど、あの広いベッドで結局寄り添うように寝てるし。何かあったときに手の届く位置に人がいないと不安、らしい。うーん、時間が経てば落ち着いてくるんだろうか。

 そんな日々も二週間になろうとする頃、乙女の元に封書が届いた。何となく見覚えのあるサイズ。開封すると中からは彼女の身分証明書と旅券が出てきた。マリーア・アンデルセン、十五歳。植民地出身。帝国の寄宿学校進学のため当地へ。ご丁寧にその学校の在学証明書まで付いている。私の時にも思ったけど、権力者が本気出すとこの手の偽造なんて簡単なんだな……。

 しかし乙女=聖乙女=マリーア、ってこと?わりと安直な……って、あれ?なんで大佐は乙女の本名知ってるんだ?んん?乙女と大佐がまともに接触したのって一日だけだよね?私もずっと一緒にいたけど、名前を教えたりは……してないよな?え、何?怖。大佐怖い。前からだけど。

 乙女が「マリーア・アンデルセン……」とぶつぶつ繰り返している横で、私はびっしり鳥肌が立った両腕をさすっていた。吹く風に冬の気配が混じる。館の木々も、色鮮やかな葉を散らし始めていた。

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