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「……今夜はもう遅いので、お話は明日にしませんか?」

「大してお時間を頂戴するようなことはいたしません。なに、食後のお茶に付き合っていただければよいのです」

 私がようやく絞り出した苦しい言い訳を、大佐がやんわり受け止めてくる。そこに会話を聞いていたかのように、ワゴンにお茶の用意を載せた女性が入ってきた。紅茶にコーヒー、お酒もあるようだ。何もかも手配済み。いつもながら鮮やかな手腕にくらくらする。

「あの」

 声を掛けられ横を見ると、乙女が私を見つめていた。真っ直ぐな、綺麗な瞳。

「大丈夫です。私、話すくらいなら」

「無理しなくていいよ。ありがとう」

「無理、じゃないです。ずっと避けてはいけないのくらいは、分かりますから」

 乙女が不安じゃないわけがない。昨日まであんなに追い詰められて、ボロボロだったんだ。たぶん、私が困っているのを見てこう言ってくれている。

 私も腹を決めるべきか。

「……コーヒーで」

「では、私も。貴方は何になさいますか?」

「あ、え、っと。紅茶を」

「では私はコルンを。食後に一杯嗜むのを常としているものでね」

 我々の注文に従って飲み物が用意される間、カチャカチャと食器の音だけが響いた。それぞれの前にカップとグラスが置かれ、使用人のお姉さんが部屋から出ていくと、大佐が改めて物理図録を手にしてパラパラとめくり始めた。

「以前コートリー中尉からお話を伺った際にも感じましたが、貴方達の世界は実に高度な科学技術をお持ちのようだ。元素周期表ひとつを取っても、未発見の元素が複数見受けられます。それぞれがどのように発見されたのか、是非詳しく伺いたいところですが……」

「あの、私も詳しく知っているわけではないです。その本も、使い始めたばっかりで」

「そのようですね。大変失礼ながら講義メモも確認させていただきました。内容の解読はできませんでしたが、丁寧でよくまとまっているのは見て取れましたよ」

「えっと、はあ」

 にっこり微笑む大佐に、乙女が曖昧に頷く。大佐が「よくまとまっている」と表現するくらいだから、真面目に授業を受けていたんだろう。大佐が立ち上がってデスクに向かい、今度は教科書を数冊抱えてきた。「物理基礎」と「生物基礎」、それと「英語」。なかなか重たい時間割だな……。博士は物理図録を食い入るように読み込んでいる。

「貴方達の世界の教育制度についても興味深いところではありますが、今の社会情勢がそれを許してはくれません。帝国の現状については?」

「あの、少しだけ聞いています」

「よろしい。現在、帝国は三方面に戦線を抱えています。うち西部戦線についてはコートリー中尉の尽力もあって優勢に進んでいますが、他二方面については膠着したままです。私個人としては、このままの状態が続けば帝国の敗北は避けられないものと考えています」

 思わず大佐の顔を見てしまうが、いたって平静だ。帝国軍人の口から「敗北」という単語が出てくるとドキッとするが、彼にとっては本当に個人的な感想を述べているに過ぎないのだろう。

「私も帝国臣民の端くれとして、帝国の危機に微力ながら立ち向かいたいと考えておりまして。個人的に進めていた『研究』を元に、貴方達を呼び出したというわけです」

 そこがいちばん訳分からんところなんだけどね。色々突っ込みたい気持ちをコーヒーと共に飲み下す。苦味が強くて、わりと好みの味だ。

「貴方達には謂れのない負担を強いることになって申し訳ありませんが、コートリー中尉は神の奇跡を体現する能力を、そして貴方は科学を飛躍的に向上させる知識をもたらしてくださった。人生の中で、これほど神の恩寵を身近に感じたことはありません。実に素晴らしい」

「はあ……」

 乙女は大佐の勢いに呑まれてぽかんとしている。なんかごめん。私が悪い訳じゃないけど、本当にごめん。

「これだけの奇跡を目の前にして後ろ髪引かれる思いではありますが、私は明日前線に戻らなければなりません。そこで、これらの書籍の解析は博士にお願いしたいと考えています。貴方には無理のない範囲でご協力願いたい」

「ええと、はい」

 大佐が開いた生物基礎のページには、電子顕微鏡で撮影された細胞の微細構造が載っている。こんな写真一枚が既にオーパーツなんだよな……。

「大佐、よろしいでしょうか」

「ええ、どうぞ」

 大佐が促すのを確認して、この館での乙女の扱いについて確認していく。

「彼女については基本的に私を介して欲しいとお願いしていますが」

「ええ。博士にもその旨は伝えてあります。コートリー中尉が同席、あるいは許可を受けて時間を限ってお話を伺うということでいかがでしょうか」

「ありがとうございます。場合によっては私の部下を同席させることを許可していただきたいです」

「いいでしょう。必要に応じて軍病院での勤務を調整できるようにしておきます」

 乙女が直接危害を加えられることは無いと思うが、言い方は悪いが監視できる体制は必要だろう。ユーリアとスザナなら、私で慣れているから多少不思議なことが起きてもスルーしてくれると思う。

「ただ、こちらの書物については自由に閲覧する許可をいただきたいのです。貴方達にとってはごくありふれたものなのかもしれませんが、我々にとっては未知の、実に刺激的な内容です。どうかそこは協力をお願いしたい」

「あ、はい」

 私が何か言う前に乙女が反応してしまった。うーん、まあ結局は貸すことになるんだろうし、その都度いちいち許可を出すよりマシ、だろうか。後は……。

「えーと、彼女の身分というか、その」

「それについては既に手配しています。私は不在となりますが、おそらく一週間以内には公的な身分証が届くものと」

「ありがとうございます」

 やはり手が回してあったか。どんな設定にしたのか聞いておきたいような、聞きたくないような。まあ身分証が届いてからでいいか。

「乙女も無理しなくていいからね。嫌だったらすぐ言ってね」

「あ、はい。大丈夫です」

 大佐が「オットー・メイ……?」と怪訝そうな顔をしたが笑顔でスルーしておく。語呂合わせみたいな名前はハナ=ミーア・コートリーだけで十分だ。……家永乙女だとイェーガー・オットー・メイとか?めちゃくちゃ強そう。

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