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カーテンの向こうで朝日が眩しく輝いている。ベッドに横たわる家永さんは薄目を開けて私を見ると、少し不思議そうな顔をした。ぼーっとした瞳にゆっくり光が宿り、そしてがばっと飛び起きる。
「おはよう」
「おはようございます。あ、あの」
「よく眠れたみたいね。少しはすっきりした?」
「あ、はい。あの、ごめんなさい。ずっと椅子に座ってたんですか?」
「あーうん。けっこう寝れた」
「……ごめんなさい」
手を離してくれなかったので椅子で一晩明かすことになったが、わりと何とかなった。高速バスでも治癒の力があれば快適に過ごせるかもしれない。
「喉渇かない?水ならそこにあるよ」
「あ、大丈夫です」
「そう。じゃあ私はちょっとお手洗いに行ってくるね」
「あ、それじゃ私も」
家永さんがベッドから降りると、寝乱れたバスローブが教育上よろしくない感じになっていた。何か着替え、と思ったが、私のために用意された服じゃパツパツだろう。ちょいちょいっと前を整えて、とりあえずトイレに向かう。お風呂の隣にたぶん元は客室だった空間があって、そこが仕切られてトイレになっている。個室に分かれると、張っていた気が少し抜けた。個室まで一緒に入って来られたらどうしようかと思った。
先に終えて無駄に豪華なパウダールームの椅子に腰掛け、これからどうしたものか考える。大佐から情報を得たいが、とりあえず彼女と分かれて行動できないことにはどうにもならない。まずは食事と服かな。安全だと感じてくれたら、少しは落ち着くはず。落ち着いてほしい。
遅れて出てきた家永さんは、鏡に映る自分の姿を見てびっくりしたように固まり、ローブの前を合わせて髪を整えだした。すごい格好だって気付いたようで何より。見てくれに気を遣えるってのは余裕が出てきた証拠だ。
「まず着替える?服はたぶん用意してくれてると思うよ」
「はい。……あ、たしか部屋にあったと思います」
部屋、ってあの部屋か。私の時にも翌日にはサイズぴったりの服が用意されていた。既製服の量販店なんて無いこの時代にどうやっているのか知らないが、大佐はそういう気遣いはできる人だ。大前提がぶっ壊れているだけで。
廊下を昨日の部屋の前まで戻り、ドアを開ける。カーテンを引いてあるとはいえ、朝の日差しの中では部屋の荒れ具合がよく分かる。服……は、ベッドとは反対側の鏡台に畳んだものが積んであった。取りに入ろうとすると、家永さんが私の腕を掴んで引き戻してくる。
「ええと?」
「あ……あの、えっと。…………その、部屋、汚しちゃって」
ああうん。ずっとこの部屋に籠ってたもんね。トイレも何もかもこの部屋の中。真っ赤な顔で俯く家永さんには悪いが、昨日部屋に入った瞬間にある程度状況は分かってた。あえて何も言わずに浴室に残してきたけど、着ていた制服もひどい状態だったし。
「うーん、服だけ取ってきてもいい?お部屋は後で片付けてもらうとして」
「自分で行きます」
家永さんは俯いたままたたっと走っていって、服を引っ掴むとすぐに戻ってきた。ぐいぐい背中を押され、追い出されるように部屋を離れる。隣の私の部屋に入ると、背中から彼女がふーっと息を吐く音が聞こえた。
「私も着替えちゃうね。何か分からなかったら教えて」
「あ、はい」
同じく鏡台の上に私の着替えが用意されていたので、ぱっと軍服を脱いで着替えていく。下着まで脱ぐのは少し抵抗があったが、こっちの服について色々教えるよりは着替えを見てもらった方が早いだろう。開襟のブラウスとスカートはともかく、下着は最初戸惑った。ゆるいコルセットみたいのとハーフパンツみたいのを着て紐で色々調整する仕組みだ。ブラウスを羽織って振り返ると、家永さんは半分口を開けて私を見ていた。
「あ、何か分からなかった?」
「い、いえ。ごめんなさい」
家永さんがもそもそバスローブを脱ぎ始めたので、見ないように壁際に行って呼鈴の紐を引いた。すぐに使用人のお姉さんがやってくる。
「朝食の準備をお願いします。あと、隣の部屋の片付けを。彼女の荷物はまとめて届けてください。それから、浴室の服も洗っておいてください」
「かしこまりました」
お姉さんが一礼して去っていく。私の時には安い部屋着まで丁寧にクリーニングしてトルソーに着せていてくれたくらいだ。彼女の制服もそれは大事に洗ってくれることだろう。
「部屋にある荷物は届けてくれるように頼んだから。あと、着てた服も洗ってもらうね」
「……え、話せるんですか?」
「うん、まあ」
家永さんの目がまんまるだ。話せるんだなこれが。うまいこと自動翻訳してるみたいな感じだと思うけど、どんなシステムなのかは全く分からない。
「朝ごはん食べながら話そっか。私のこと」
「はい」
着替えを終えた家永さんはもぞもぞあちこちを引っ張っている。着慣れない服で落ち着かないよね。確実にモノは良いんだけど、着心地では化繊のファストファッションの方が上だ。そんなことを考えていたら、ドアをノックする音が聞こえた。少しドアを開けて覗くと、外にはさっきのお姉さんが立っていた。
「失礼いたします。従卒のお2人が指示をいただきたいとのことですが」
「あ」
ユーリアとスザナのこと、すっかり忘れてた。




