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お風呂から上がった家永さんの体を軽く拭いてからバスローブを着せて廊下に出る。大佐は部屋を用意していると言っていたから、この階の客間のどれかが使えるようになっているはずだ。あの場では場所は分かるかと聞かれて「もちろん」なんて啖呵を切ってみたが、どの部屋だかは分からない。さて、どうするか。
「ええと、何か食べる?用意してくれてるみたいだけど」
「いえ……」
そう答える彼女は、半分目を閉じてうつらうつらしている。ずっと緊張し続けてきたんだろうから無理もない。あちこち部屋を捜索するのは諦めて、確実にベッドメイクされている私の部屋に向かう。
「今夜はこの部屋を使ってね。ゆっくり休んで、また明日話を聞かせて」
「えっ……」
家永さんがぎゅうっと私の腕を掴んで離さない。いや、そんな捨てられた子猫みたいな目で見つめられてもね?
「大丈夫、明日の朝には必ずまた来るから。ね?」
「…………」
「いや……」
「…………」
「あー……」
うるうる潤んだ目で見上げられて、いや物理的には彼女の方が背が高いので見下ろされているんだけど精神的に?何言ってるんだ私?まあとにかく手を振り払うわけにもいかず、そのまま部屋に残ることになった。バスローブ1枚のJKと一晩過ごすってどうなの?間違いは起きないけど倫理的に問題ないの?
ベッドに体を横たえてからも、家永さんは手を離してくれなかった。サイドテーブルの椅子を引いて腰掛け、ぎゅうっと力の入った彼女の手を軽くとんとん叩く。しばらくは起きていようと頑張っていたみたいだが、すぐに眠りに落ちてすうすう穏やかな寝息が聞こえてきた。
……さて、どうしたもんか。
彼女が寝たタイミングで大佐を色々問い詰めようかと思っていたけど、この状態で独りぼっちにするのは気が引ける。もし起きた時に私がいなかったらパニックになりそうだし、今夜はこうしているしかないか。手は離してもいいよね、と思って手を引こうとしたらガシッと握られてしまったし。
まだ湿っている髪をそっと掻き分けて、赤く腫れた瞼に触れる。私の指先がぽわっと緑に光り、すうっと赤味が引いていった。寝顔が幼くて、本当に子供なんだなと妙に納得してしまう。何の因果でこんな所に呼び出されてしまったのやら。
──私がこの世界に来たのと、元の世界に戻りたくないのとは関係しているのかもしれない。
さっき家永さんに聞かれて気付いた。大佐に召喚される前、色々あって私は全てがどうでもよくなっていた。自暴自棄、まではいかないにしても、世の中の全てに不信感を持っていたというか。そんな感じだったから、この世界で訳も分からぬまま戦争に巻き込まれてもわりと適応できたんだと思う。文字通り命懸けで仕事している軍人の方が、元の職場の人達よりもまだ信じられた。ただ、それもこのチート能力あってこそ。身の安全が保証され、周囲も特別扱いしてくれるからのんびり構えていられるだけで、何もなければ家永さんみたいにボロボロになっていたと思う。最初から言葉が通じたのも大きいな。むしろ彼女はなんでそういう能力が無いんだろうか?それとも無いわけではなくてまだ使えてないだけ?うーん?
すやすや眠る家永さんの鼻を軽くつつくと、ふにゅっと顔が歪んで口をきゅっとすぼめて、しばらくするとまたすうすう整った寝息が聞こえてきた。彼女にも何もかもが嫌になるようなことがあったんだろうか。
とにかく、ここでは私が守ってあげなきゃな。この世界の先輩として。




