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花宮小鳥

 理不尽系の怪談ってのがある。

 まあなんかこう、地元の人に言われた通りに石を動かしたら住職からこっぴどく怒られて怪異に巻き込まれていくとか、何も悪くないのに出会っただけで突然死ぬとか。語り手本人には因果も何もあったもんじゃないやつだ。

 私はホラー系のお話も好きなので、それなりにそういうのも知っている方だと思う。でも、所詮はお話。現実ってやつは、そんな怪談よりよっぽど理不尽だ。


 社会人になって、いろんな人と出会った。

 その先輩は私が1年目の時によく面倒を見てくれて、ずっと信頼というか尊敬というか、私が仕事を続けられたのは先輩のおかげだと思う程度には大きな存在だった。キツいと思いながらも働き続けて、中堅と呼ばれるようになって。先輩がしてくれたほどには出来ていないにしても、後輩にも色々教える立場になって。いつか落ち着いたら日帰りでどっか行きませんか?なんて話をしていた。

 そんなある日、先輩は会社を辞めた。

 先輩は新しい部署に移って、慣れない仕事を担当した。部署にあったマニュアルを確認して、業務手順書の通りに仕事を進めて。

 結果、人命に関わる事故になった。

 職場の対応は冷淡だった。先輩が注意してさえいれば事故は防げたと責任を全部押し付けた。古いマニュアルも事故の可能性を含んだ業務手順書も、それを改善しようとしなかった組織の責任はきれいに無視された。そんなのはおかしいと怒る私に、先輩は「あなたも巻き込まれちゃうから」と寂しく笑っていた。しばらく姿を見ないと思っていたら退職したと聞いて、連絡を取ろうとしたけど返事はなかった。


 新聞記事の回覧が来たのは何ヶ月後だったか。

 小さな記事には、元職員の女を業務上過失致死の疑いで起訴、と書いてあった。回覧には「職務上求められる責任を自覚し勤務を」とメモが付いていた。

 本当に怒ると、世界から色が消えるんだと知った。コントラストしか分からなくなった視界で記事の文面を追う。

『○○容疑者は同部署で勤務していた○年○月に今回の事案を担当し、適切な注意義務を怠り被害者を死亡させたとして……』

 違う。

 本来なら異動したばかりの先輩が1人で担当していいような話じゃなかった。誰かがサポートにつくはずなのに、人手不足だからと押し付けられた。人間関係最悪な部署で頑張って独りで仕事して、それで。

 何も知らない奴が、勝手なことを言うな。

 全身が震える。怒りが止まらなかった。全部の責任を先輩に押し付けた組織に。それをそのまま罪とした検察に。他人事みたいに記事にまとめた記者に。何も出来なかった自分に、怒りが溢れて涙も出ない。

 吹雪に曝されたような震えの後に残ったのは、絶望だった。床があるのかどうかも分からないような、ふわふわした絶望。

 こんな世界、消えてしまえ。

 色も感触も音もはっきりしない。綿に包まれたように全てが遠くに行ってしまった中、ぼんやりそう思った。

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