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さて、このオープンカーは6人乗り。運転手と大佐の従卒が前に座る。ユーリアとスザナが荷物室を兼ねた後席に座る。そうすると消去法で私と大佐が隣り合って座ることになる。何この新幹線で出張先まで上司と2人掛け席みたいな状況。倍額払うから別の車両にできませんかね?大佐と会話はできなくないけど、サラッと爆弾発言飛び出すから気が抜けないんだよね……。車が動き出しても、大佐は特に口を開くでもなくただ前を向いて座っている。造形は端正だから絵になるんだよな。このまま黙っててくれないかな。
「コートリー中尉。改めて貴方の能力について確認させてください。報告からはイーペルで過ごす中で能力が強化されたように読み取れましたが」
ダメだった。まあいい。
「ええと、具体的にどの程度伸びたのかは分かりませんが。少なくとも以前よりは多くの人数を相手にしても大丈夫にはなりました」
「そのようですね。中尉が着任してから、連隊から死者は報告されていません。ただの1人も、です。参謀本部からは捏造を疑う声も挙がっていました」
最前線の兵士達は戦闘が無くても死んでいく。抗生物質が発見されていないこの世界では、ちょっとした怪我が化膿し腫れ上がりいずれ手足を切断するような重症に転帰する。じめじめ湿った塹壕の中では水虫ですら死の病だ。ネズミや害虫が感染症を運び、風邪を引けば必ず拗らせ肺炎になる。そんな環境に全てをリセットして健康体にしてしまう私が投入されたのだ。効果がばつぐんすぎて信じられないのも無理はない。
「やはり実戦が成長には最良ということでしょうか。何か新しい能力に目覚めたりはしましたか?」
「いえ、特には」
「そうですか、ふむ」
私の新しい力、というか力の新しい使い方についてはホイアー中佐が情報を止めているはずだ。ザクセン家の耳?がどうとか言っていたけど、あの話はあの場でしかしたことがない。もし情報が漏れていたなら、あの場の誰かが裏切者ということになる。情報将校の彼がそんなミスを犯すとも思えない。
「あー、そういえば気になっていたことがあるのですが」
「何でしょうか」
「私の給料というか、どうなっているんでしょうか?一度も受け取っていないと思うのですが」
あんまり能力についての話を続けていたくなくて、ちょっと強引に話を変えてみる。実際気にはなるし。
「ああ、ご安心ください。全額を戦時公債購入に充てています」
「はい?」
「現金が手元にあっても特に使い道は無いでしょうし、帝国軍の給与積立制度を適用しました。現金で受け取るよりも額面は上がりますし、勝利の暁には賠償金特約で払戻利率も高くなります」
「なるほど?」
なんか勝手に資産運用されてた。というか意外と現代的というか、給与の積立投資とかできるんだ。
「中尉の戦功に対して本来ならば勲章と報奨金が授与されるべきではありますが、先程お話ししたような事情で大っぴらには何もできません。少なくとも金銭的な不利益を被ることが無いようにはしていきますので」
「ありがとうございます」
全く意識していなかったが、戦果を挙げるとお金も出るのか。そういえばスザナが危険手当的なものを気にしてたな。
「そうだ、戦線の状況はどうなっているんですか?共和国軍が混乱しているのは何となく伝わってきましたが」
「イーペル戦線の崩壊とリールへの帝国軍進出で、共和国軍は戦略の見直しを迫られているようですね。北部の軍団は包囲を恐れて増援を求めていますが、中央としては首都防衛のために各地から戦力を抽出しなければならない状況です。各地の軍団も身動きが取れずにいるようです」
首都にも守備隊はいるのだろうが、戦力を遊ばせておく余裕は無い。リールの守備隊を見る限り、予備役というか補助兵力というか、最前線に投入するには不安が残るような部隊を残しているんだろう。予想外にあっさり突破された防衛線と、あり得ない速度での急進撃。デューリング少佐が打った博打は帝国に有利に働いているようだ。
「今回の『黄』号作戦の戦果を受けて、共和国に面する帝国の各軍団も攻勢準備に入っています。統合参謀本部の見立てでは、共和国の首都入城まで遅くとも1ヶ月。損害を度外視して最短を目指すならば今週中には帝国軍旗が首都の空に翻るであろう、と」
1年に及んだ戦争の終結が近いとなれば、全軍が奮起することだろう。それにしても。
「そんな状況で私が抜けても良いのでしょうか?首都急襲ともなれば真っ先に投入されるかと思っていました」
「個人の能力に頼った作戦というのは忌避されるものです。中尉に何かあれば作戦全体が破綻します。それが大戦の帰趨を決するとなれば慎重になるのは当然でしょう」
作戦参謀のデューリング少佐もそんなことを言っていたっけか。首都攻略という最も需要な場面で中核となるのが異国の神懸かりの少女、では常識的には通用しない。
「それに今回、中尉を引き揚げるにあたって私もささやかながら口添えをしています。知人にお願いしてトラックの納入を早めてもらいました。中尉から聞いた話を元に試作した新型車両も、完成したものから順次納入が進んでいます。リールへの部隊輸送がここまで順調に進んだのもその成果ですね」
「ああ……」
でた権力。得体の知れない聖女様より、確実な輸送力の方が軍隊としては魅力的か。私がどんなに頑張って部隊を無傷で保ったとしても、消費する弾薬と食糧はどうにもならない。今回リールに進出した中隊も、携行した機銃弾は戦闘が3回もあれば枯渇すると言っていた。迫撃砲弾は2回がせいぜい。人力で運搬するには全てが重すぎる。何だっけ、西部戦線で消費される小銃弾は1日で百万発だったか。そんな量を背負って運ぶのは無理だ。
「もちろん中尉の能力は貴重ですので、今後も帝国軍を支えていただきたいと考えています。敵首都入城の栄誉を逃すことになるのは申し訳ありませんが、共和国の、さらには他方面の戦局がどうなるかはまだ読めません。どうか理解していただきたい」
「はい」
首都入城云々は正直興味が無いが、軍としては華々しい戦果だというのは分かる。その場に私のような異物がいると都合が悪いというのもあるんだろうな。だから一度遠ざける。べつにいいんだけど、遠ざける場所は大佐以外の所が良かったかな。今度統合参謀本部?だかに言ってみるか?
車は共和国の田園風景の中を快調に飛ばしている。行儀よく並んだ木立がざあっと後方に流れていく。その向こうに牛だろうか、大型の動物が群れているのが見えた。このぶんだとイーペルまではあと少しか。そこからどういう道順になるのか分からないけど、来た時の逆、野戦補給廠経由で進んだとしても今日中には大佐の館に着きそうだ。
さて、何が待っているんだか。大佐に聞けばいい?聞きたくないから引き延ばしてるんだってば。




