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 ユーリアとスザナはあっさり同行を承諾してくれた。そもそも彼女達からしたら否も応も無い話ではあるが。荷物は既にほぼまとまっていたので、後は時間になったら出発するだけ。はあ。

 ……いや暗くなっても仕方ないな。良かった所を探そう。戦場から離れられる。これは確実に良いことだ。このまま進軍を続けたら、どこかで必ず市街戦に巻き込まれる。敵と市民が入り混じる中を進み、親を殺された子供達に睨まれるなんて状況には陥らずに済むのだ。良かった良かった。あー良かった。ふう。

 ぐだぐだしていても仕方ないので、重い足取りで階段をまた下る。約束の30分後まではまだ間があるので、ちょっと外をぶらつくことにした。ロータリーを挟んだ向こう側には、到着した増援部隊なのか兵士達がひしめいている。駅舎の向こう、線路の上の機関車から煙が上がっている。鉄道技師を含めた工兵部隊が来るって言ってたっけな。駅に残されていた車両が使えるか点検中なのか。点々と穴を掘っている兵士がいるのは相変わらずだ。薄く雲のかかった空から穏やかな光が降り注ぐ。この光景を「平和だな」と思ってしまう私の感性もかなり毒されてるな…。

 隣の建物前で談笑している兵士の一団に見覚えのある顔を見つけた。もうこれで会うのも最後だろうし、聞くだけ聞いておくか。

「カント少尉」

「は」

 後ろから声を掛けると、彼は飛び跳ねるように振り向いた。なるべく棘が無いように、笑顔で続ける。

「何か言いたいことがあればどうぞ」

「は」

「私は別任務でここを離れます。何を言ったとしてもあなたの不利益にはならないと約束しますので、どうぞお好きに」

「は」

 目を白黒させているカント少尉を、にっこり満面の笑顔で見上げる。東洋人が気に食わないとか女に命令されるのは嫌とか色々あるかもしれないけどさ。今だって普通に話してたじゃん。はっきり言ってくれた方がまだスッキリする。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………あ」

「はい」

 カント少尉が胸元から何かを取り出した。手帳?黒革で装丁されたそれのページをパラパラとめくると、何か紙切れを一枚取り出し、私に差し出した。

「これに、サインを」

「は?」

 メモ帳か何かを切り取ったような紙には、何やら絵が書いてある。わりと細密な線画で、ミュシャのポスターみたいな感じだ。そういえばミュシャもこれくらいの時代の人だったっけ。軍服姿の女性の全身像で、黒髪が特徴的な……って、え?

「…………」

「……あの、少尉?」

「は」

「これは、いったい?」

「は」

 いや「は」じゃなく。絵の女性の顔立ちはともかく、わざわざ中尉の階級章を描いてるしこれ私、のつもりだよね?何?どういうこと?

「あの、どこでこれを?」

「は、その、買いました」

「買った」

「は。美術の心得のある者から、イーペルで」

「はあ」

 状況に頭が追い付かない。買った?私の絵を?何それ。……あ、ホイアー中佐が言ってたな。私の髪の毛を騙るモノがお守りとして取引されてるって。これもその類か。……いや髪の毛よりはいいけど。いや良くないけど。

「……それで、サインとは」

「は。失礼なお願いではありますが、是非」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 えーっと、つまり何か?彼は私の絵姿を買ってしまうくらいの聖女様ファンで、緊張して面と向かって話せなかった、と?……バカなの?

 なんとなく断れずに絵の下の方にサインを入れて返すと、カント少尉は嬉しそうに笑った。そんな顔できるんだね……。ぐったり疲れ切った私の目に、ロータリーに入ってくる車が見えた。「ご武運を」と敬礼で見送ってくれる少尉に軽く敬礼を返し、私達は大佐の待つホテル前に戻った。

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