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「準備にさしたる時間はかからないでしょうから、15分後に出発ではどうでしょうか」
「は、あの、少々お待ちください?」
「どうしました?」
「いえ、あの。こ、ここ。リール鉄道駅での任務は」
「既に大隊規模の増員が到着しています。貴方が抜けたとしても戦力的に問題はありません」
「あ、あれです。ほら、イーペルの状況もまだ落ち着いていないですよね?塹壕に色々罠も設置されたとかで。私の能力が役に立つのではないかと」
「ああ、共和国軍陣地の清浄化は捕虜となった共和国兵士を中心に既に動いていますのでご心配なく。罠を設置した当事者が指揮をしていますので、非常に効率よく作業が進んでいるそうです」
……捕虜を労役に使うのは何かに違反するんじゃなかったっけ?いや今問題なのはそこではないけども。
「貴方の職務に対する責任感には感服しますが、貴方にしかできない仕事があるのです。第3軍司令部発の命令書はここにありますので、安心して付いてきてください」
何一つ安心できないことを言って、大佐が穏やかに微笑んだ。逃げ道は既に塞がれているらしい。そりゃそうか。何の根回しもせずに大佐がこんな所まで来るはずがない。ぐったりとソファに背を預け、ロビーの黒光りする天井を見上げる。
「……一つだけ確認させてください。私の従卒はどうなりますか?」
「貴方と共に現在の任務を解除されます。その後については特に定めていませんので、連隊司令部付になりますね」
「彼女達を放り出すことはできません。私の従卒扱いのまま随伴を許可してください」
「良いでしょう。私の権限で許可します」
ユーリアとスザナを、敵地ど真ん中で路頭に迷わせるわけにはいかない。あの狂気の館に付いてくるのが良いのかどうか分からないけど、どうにもダメそうだったら軍病院に配置換えしてもらうとか何か方法はあるだろう。
思い返してみると、そもそも私は新しい医療設備の実地運用試験とかいう名目でここにいるんだっけか。責任者は大佐。彼の腹一つでいつでも実験を終了できるわけだ。
「2人に今後について説明してきます。出発は……30分後でよろしいですか?」
「では30分後に。外に車を待たせておきます」
大佐に一礼し衝立の外に出ると、ユーリアが心配そうに眉を寄せた。
「閣下、何かありましたか?顔色が…」
「ああうん、大丈夫。一度部屋に戻ろうか」
そんな酷い顔してたのか、私。後方の大佐の館は最前線よりも安全だ。塹壕の竪穴よりも快適な部屋で暮らし、美味しい食事も出る。まあ色々変なグッズはあるが、リアル死体が転がる戦場よりはマシかもしれない。悪くない話、のはずだ。はずだけれども。
『貴方にしかできない仕事があるのです』
大佐の言葉に含まれたどうしようもなく碌でもない響きに、階段を上る私の足はずっしり重くなった。




