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どうせ呼び出されるだろうから先回りしてロビーに下りると、大佐はシュメルツァー大尉と何事か話し込んでいた。気付かないでいてくれるといいなと思っていたら、大佐は私の姿を認めるや否や笑顔で両手を広げて近付いてきた。
「ご無沙汰しております、大佐閣下」
「中尉の活躍は耳に届いています。今回の大戦果も中尉の存在あってこそのものですね。素晴らしい」
「過分な評価、痛み入ります」
敬礼では誤魔化されず手を引いてくれなかったので渋々握手を交わす。ビシッと折り目の付いた軍服に、きっちり整えられた髪。オープンカーで延々走ってきた直後とは思えない大佐は流石というか、そこが怖いというか。
「閣下がこのような所までいらっしゃるとは思ってもみませんでした」
「戦局が大きく動いたと聞いて居ても立ってもいられずに。お恥ずかしい限りです」
いわゆる『来ちゃった』ってやつか。実際やられてみるとこんなに迷惑なもんだとは。まあ第3軍参謀閣下が個人的にぶらっとやってくるはずもない。きっと面倒臭い話があるんだろう。
「では、お忙しい閣下の手を煩わせるのも申し訳ありませんのでこの辺で」
「いえ、貴方に折り入って話があります」
大佐が笑顔のまま続ける。やっぱり何かあったか。聞きたくないけど、そういうわけにもいかない。そのままロビーの奥、衝立で区切られたスペースに移動する。……朝、こんなふうになってたっけ?いつの間に?
衝立の向こうにはソファが2つ、ローテーブルを挟んで向かい合わせに置いてあった。大佐が手前のソファに座ったので、私は必然的に奥の壁際のソファに座ることになる。視界と逃げ場を塞がれたようで居心地が悪い。
「では改めて、今回の作戦における貴方の活躍に感謝を。これぞまさに神の御業でしょう」
「恐れ入ります」
両手を組み身を乗り出すように語る大佐の目には、相変わらず得体の知れない熱が籠もっている。背筋を伸ばして身を反らせ、壁ぎりぎりまで距離を取る。
「貴方の貢献については、私の元に逐一報告が来るようにしていました。準備作戦の報告を読んだ時、『黄』号作戦の成功を確信したものです。そして、貴方は期待以上の成果を挙げた」
「は」
持ち上げられすぎて何と返してよいのか分からない私を、空色の瞳がじっと見つめる。
「貴方の活躍は戦史に永遠に輝く星となることでしょう。まさに神話だ」
「いえ、そのような」
「ただ、それでは困るのです」
「はあ」
話の流れが読めずに曖昧な相槌を打つ。大佐は静かに語り出した。
「私としては、神が帝国に聖女を降臨させこの大戦に勝利をもたらした、という物語で構わないと思うのですが、陸軍省、ひいては統合参謀本部は異なる考えのようでして。一個人に名声が、ひいては信仰が集中するのは今後の統治に影響する、と」
「はい」
「そのため、軍としては今回の快進撃の要因として『黄』弾の有効性を強調する方向で話が進んでいます。新兵器のガス弾が想定以上の戦果をもたらし、敵戦線の崩壊を招いた、と」
「はい」
確かに聖女が奇跡を起こして勝利をもたらしたなんていう意味不明な説明よりは、実戦投入された化学兵器が有効だったとした方が納得しやすいだろう。私個人を信奉されても困るし、そういう話でまとまるならそれでいい。
「貴方の活躍に見合った名誉を、と思ったのですが、私の力が及ばず。申し訳ありません」
「いえ、全く気にしていませんので」
「ありがとうございます。貴方ならそう言うだろうと思っていました」
軍人としては自分の挙げた戦果を横取りされた形になるのだから、本来なら怒る所なんだろうか。大佐は私の不満を考慮してわざわざこんな所まで来たのか?
「では、ここからが本題です。今日は貴方にお願いがあって来ました」
「は、い」
大佐が足を組み替え、優しい笑みを浮かべた。ものすごーく嫌な予感がする。
「ハナ=ミーア・コートリー中尉。現在の任務を全て解除します。これから私と共に来ていただきたい」
「は、え、あの、どこへ」
「貴方がこの世界に降臨した場所です。貴方の使っていた部屋は、いつ戻っても良いように整えてあります」
「……え?」
謎の地下室。人体で作られたどう考えても一線を踏み越えたオカルトグッズの山。あの狂気の館、リアルホーンテッドマンションに戻れ、と?




