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 同じ道を戻り駅前のホテルに到着する頃には、もうお昼になっていた。駅の奥で深い穴を掘っている兵士達がちらっと見える。陣地構築は着々と進んでいるようだ。馬車を下りて薄暗いホテルのロビーに入ると、シュメルツァー大尉は同じように椅子に座っていた。

「報告します。ハナ=ミーア・コートリー中尉は、敵司令部への書簡送達を完了し只今帰投しました」

「了解。今のうちに食事をとっておいてください。それと、携行している戦闘糧食と行動食を一度回収します。駅事務室に届けてください」

「了解しました」

 大尉の手元には手書きの文書が乱雑に積まれている。通信記録のようだが、ぱっと見では内容までは分からない。

「何か動きが?」

「増援が来るそうです。規模と時刻は未定ですが、今日中に鉄道技師を含めた工兵部隊が到着する予定です」

 早。共和国全土に通じる鉄道網を押さえたとなればいずれは来るとは思っていたけど、まさかイーペル突破翌日に動くとは。

「我々も何か準備しますか?」

「今のところは何とも。明日までには指揮系統も含めて大幅な変更がありそうですが、中尉の仕事にはそこまで影響は無いものと思っています」

「はい」

 イーペルからリールまでは徒歩で強行軍1日。トラックが使えるなら2時間。鉄道網はイーペル近郊を通っていたような記憶があるので、仮設駅を設置すればもっと早くなる。リールから共和国首都までは鉄道で1本、整備された幹線道路もある。もちろん既に防衛線は張られているだろうが、塹壕を挟んだ停滞する戦線とは違う。帝国はたぶん、本気でこのまま首都を陥とす気だ。

 部屋に戻り荷物をまとめる。といっても野営用装備等は広げていないので1分もかからない。戦闘糧食と行動食はまとめてスザナに持っていってもらった。ユーリアが言うにはこういうものを持たせっぱなしだと賭け事のタネにされて風紀が乱れるそうだ。だから回収するのか。

 昼食は太いソーセージとキャベツの漬物がいっぱい、ポタージュ付き。それにパン。茹で上げられたソーセージはぶよぶよ塩辛く、今まで食べたことのない味のソースがかかっている。なんとなくネタ切れになりかけている気がするけど、食材の仕入れとかどうしているんだろうか。120名を数える中隊規模の人間に3食提供するのは想定していないだろうし。

 食事を終える頃、外からエンジン音が聞こえてきた。窓から見下ろすと、ロータリーに次々トラックが入ってくる。数台……どころではない。兵員を下ろしては去っていくトラックの車列は、途切れずに続いている。兵士だけなら1台に10人以上載せられるから、工兵部隊どころか大隊規模の増員が来た?直接トラックで乗り付けるあたり、イーペルからリールにかけて脅威となる敵対勢力なしと判断されたか。まあリールの守備隊長があんな調子ではね……。

 トラックの中に乗用車も混じっていたらしく、ホテルの前に停車した。車の種類は良く分からないが、オープンカーというか無骨な作りの6人乗りの車だ。将校の移動用くらいにしか使っていないなかなかレアな車で、私も大佐が乗り回しているのしか見たことが無い。今も将校の制帽を被った人物が従卒にエスコートされて降りてきて……。降りて……?

 いやまさかね?最前線というかそれを突き抜けて突出した拠点に軍の高級将校が来るはずが無い。来るはずが無いのだ。まともな思考の人物だったら。

 優雅に車を降りた将校がホテルを下から上に視線を動かしていく。私の姿に気付くと、その整った顔に親しげな笑みが浮かんだ。

 久し振りに目にした大佐は、相変わらず戦場に似合わぬほど紳士的で、そして。相変わらず戦場でも滅多に見ないような静かな狂気を身に纏っていた。

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