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カント少尉が3階の立派な木のドアをノックし、返答を待たずに開けた。捕虜として連れてきた共和国兵士をまず押し込み、少尉、私達の順で室内に入る。中は会議室といった感じだった。机が並び、何やら書類が置いてある。いちばん奥、窓際の席に座っていた口髭を蓄えた士官が私達の姿を見て固まり、口に運ぼうとしていたクッキーをポトリと落とした。カント少尉が共和国語で何かを告げると、中にいた全員が一斉に立ち上がった。
「帝国軍の所属と、来訪の目的を告げました。閣下、書簡を」
ユーリアが通訳してくれる。私が前に出て書簡を差し出すと、おそらく中尉の口髭士官はお化けでも出たかのような顔で私を見つめ、おっかなびっくりそれを受け取った。何度も何度も私とカント少尉、書簡を見返している。少尉がたぶん早く開けろ的なことを言って、ようやく彼はあたふた机に戻り封筒を開封した。見たところ中年のおじさんだが、今まで見てきた軍人の中でもトップクラスにどんくさい感じだ。この部屋でいちばん階級が上みたいだしたぶん守備隊の司令官なんだろうけど、色々大丈夫?
口髭のおじさんが手紙を読んでいる間もカント少尉はよく通る声で何かを話し続けている。おじさんに、というより部屋にいる人全員に聞かせるためだろう。てゆうかやっぱ普通に話せるよね?何なん?
「中隊で鉄道駅を占領していること、駅守備隊は投降したことを伝えています。反応からすると、彼等は駅での出来事について何も知らなかったようですね」
「そんなことある?」
「詳細は分かりませんが、ここは夜は閉まっているようでして。宿舎は別にあるのでしょうし、連絡がうまくいかなかったのではないでしょうか?」
「ええ……?」
宿直の1人も置かないとかやる気なさすぎじゃない?いや軍隊といえど後方ならそんなもんなのか?室内を見回しても電話はあるけど無線機っぽいのは見当たらない。そうこうしているうちにも少尉と口髭のおじさんの会話は進んでいく。
「書簡の内容について彼では判断できないとのことです。所轄の軍司令部に照会するので待って欲しい、と。カント少尉もそれを了承しています。以降、駅かホテルの電話で交渉を継続する方向で話が進んでいます」
そういえば駅には状況報告を求める通信があったとか言ってたっけ。考えてみると基地があるわけでもない市街の司令部より、軍需物資を集積している駅守備隊の方が連絡も密だし忙しいのか。口髭のおじさん、拳銃は携行してるけど弾嚢は付けてない。弾嚢に加えて銃剣も下げているスザナの方が重武装なくらいだ。仮に戦闘になっても一方的な展開になりそうだな……。シュメルツァー大尉が戦闘になる可能性は極めて低いって言ってたの、こういう状況も含めてか?
口髭のおじさんとの会話が一段落し、カント少尉が私に向き直った。
「報告します。書簡の回答については後日とのことです」
「了解しました」
「…………」
「…………」
「…………」
「帰りましょうか」
「了解」
戸口に立っていた兵士を先頭に、私達、少尉の順で部屋を出る。後ろを振り返ると、連れてきた共和国軍兵士と目が合った。こちらが提供した情報の裏付けは、捕虜だった彼がしてくれるだろう。こっちでの尋問は帝国軍よりは優しいだろうし、頑張ってほしい。
急な階段を下りて外に出ると、さっきよりも野次馬が増えていた。さすがに近寄っては来ないが、広場のあちこちに固まって何事か囁き合っている。警察官っぽい姿も見える。
「あんまり長居しない方がよさそうだね」
「そのようですね。組織的な抵抗は無いでしょうが、何がきっかけになって暴走するか分かりません」
ユーリアの纏う雰囲気が、さっきの司令部内よりもピリピリしている。連合王国の混乱の中で彼女が見てきたものは詳しくは知らないが、きっと碌でもないものなんだろう。誰かが面白半分に石でも投げてこちらが応射すれば、血みどろの暴動になるのは私にも想像できる。さっさと馬車に乗り込んでいく分隊を確認して、私達も荷台に上がった。カント少尉に手を挙げて合図すると、馬車はガタガタと動き出した。見上げると3階の窓に口髭のおじさん以下共和国の兵士達が見えたので、なんとなく黙礼を返す。馬車が細い路地に入るまで、彼等はずっと私達を見下ろしていた。




