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駅と市街は整備された街道が繋いでいる。
はずだが、馬車はめっちゃ揺れた。いくら踏み固められていても舗装されているわけではないので、シンプルな車輪は細かな凸凹を拾ってダイレクトに荷台に振動を伝えてくる。トラックも乗り心地最悪だと思っていたが、これに比べればレクサスとか何かそういう高級車並みだったと気付く。レクサス乗ったことないけども。四肢を駆使して荷台から放り出されないようにバランスをとり、痛む尻を何とか守る。御者のおじさんは何で平然としているんだ?
ずっと続いていた田園風景だが、小川を越えると建物が増えてきた。やがて前方に密集した建物群が見えてくる。リール市街が近付いてきたらしい。一応用心で防御をかけると、一気にお尻の痛みが軽減した。……早く気付け私。いや攻撃判定されるほどの振動がおかしいのか?分隊の皆もなんかごめん。
両側に建物が建ち並ぶようになり、道も石畳に変わった。遠く小高い丘にお城みたいのが見える。イメージするヨーロッパの街並みそのままの風景だ。道行く人々は、軍服に違和感を覚えないのか私達を気にしている様子もない。守備隊は市民に警報すら出していないのか?
細い道から広場に抜けると、噴水が私達を出迎えてくれた。広場をぐるりと5階建くらいの建物が取り囲んでいて、人通りも多く賑やかだ。速度を落とした馬車を見て、さすがにぎょっとした表情を見せる人も出てきた。敵意というより混乱、だろうか。いるはずのない所に敵軍がいるのだ。これが敵意剥き出しの視線に変わる前に、さっさとおつかいを終わらせて帰りたい。
馬車は重厚な石造りの建物の前で止まった。ユーリアが共和国軍兵士に何か聞いている。
「ここが守備隊の司令部だそうです。商工会の事務室を使わせてもらっている、と」
司令部が間借りしているのか。どうりで真ん前に敵軍兵士が現れても何のリアクションもないわけだ。立哨もいない。馬車から降りた兵士達が周囲を警戒しているのが、平和な朝の風景から明らかに浮いている。私達も馬車を降りてカント少尉に近付いた。
「少尉、共和国語は話せますね?」
「はい」
「では、交渉は任せます。私が書簡を手渡しますので、後の対応はお願いします」
「了解」
彼も士官だし、私よりも帝国軍士官としての教育はしっかり受けているだろう。言って良いことと悪いことの区別はできるはず。昨日の反応を見る限り私が何を言っても素直には受け止めてもらえないだろうし、適材適所で行かせてもらおう。決してさっきの御者のおじさんとのやりとりを聞いて「私以外とならちゃんと話せるじゃねーかオメェ」とか思ったわけではない。
共和国兵の拘束を解き、道案内として先導してもらう。彼はそのまま解放することになる。こちらが戦闘を望んでいないのを示すため、そして交渉次第では他の兵士も無事解放されるとなれば短絡的に攻撃の選択肢を選びにくくなるだろうという目論見もある。
さすがに野次馬が増えてきた中、先頭が若い共和国兵、続いてカント少尉と兵卒、私達の順で狭く急な階段を上る。目指す司令部は3階らしい。昨夜の鉄道駅急襲の一報は入っているはず。さて、相手はどう出てくるか?




