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ホテルを出ると荷馬車が3台並んでいた。2台には既に兵士達が4名ずつ分乗している。残りが私達の乗る分ってことだろう。前の方には手綱を握ったおじさん達が座っている。さすがに表情が硬い。
「ユーリア、よろしくお願いします的なことを伝えて。笑顔で」
「はい」
ユーリアが共和国語で何事か話し掛けると、おじさんは胡散臭そうに私達を順に眺め、首を振った。こんな美女が笑顔で接してるんだからもう少し良い反応してもいいだろうに。後の2人が東洋人なのはお気に召さないかもだが。
そうこうしているうちにカント少尉が隣の事務所っぽい建物から出てきた。兵卒に両脇を抱えられた共和国軍兵が後ろに続く。まだ少年という感じの彼は、半ば引き摺られるように空いている馬車の荷台に乗り込んだ。カント少尉がぴっと背筋を正して敬礼してくる。
「共和国兵1名を同乗させます」
「了解」
「……」
「……」
「……我々も乗ります。分隊の準備ができたら出発してください」
「了解」
私達も荷台に上る。板を渡しただけのシンプルな作りで、乗り心地は考慮されていなそうだ。道は比較的整備されていると聞いているけど、ちょっとお尻に響きそう。カント少尉が御者のおじさんに何か話している。あ、共和国語できるんだ。そりゃ偵察隊に選抜されるくらいなんだからできるか。てゆうか普通に会話できるじゃん…。
共和国軍兵に目を移すと、頬から目元にかけて赤黒く腫れ上がっていた。後手に縛られた手首も出血している。『尋問』したって言ってたっけな…。軍服の下も色々傷がありそうだ。
「彼に傷を治療すると伝えてくれる?我々は医療部隊だと」
「はい」
ユーリアが看護徽章を示しながら話し掛けると、まだ若い彼はちょっと眩しそうに目を細めた。てきぱきと傷の状態を確かめていく彼女の後ろで、私は両手で小銃を握る。小さな蛍のような光が一つ飛んでいきふわりと消えると、傷はきれいさっぱり消えていた。何が起きているのか全く理解できていなそうな表情の彼の口から、何か言葉が漏れる。それが「ありがとう」という意味なのは、共和国語の分からない私にも何となく伝わってきた。
検問の兵士が仮設のバリケードをどかしているのが見える。御者のおじさんが何事か短く叫ぶと、私達を乗せた馬車はガタリと動き出した。




