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〇六〇〇になると、小隊長以上の士官が続々と集まってきた。昨日の寡黙なカント少尉と黙礼を交わす。定刻きっかりに始まった報告によれば、夜のうちに駅周辺の防衛陣地構築は一段落しているそうだ。今は各陣地を繋ぐ塹壕をせっせと掘っているらしい。ここまで来ても結局塹壕なんだな……。夜通し皆が穴掘ってる中私達はおいしいご飯を食べてお風呂入ってぐーすか寝てたのか。なんか申し訳ない。
周辺に敵影なし。明るくなってきてから農民らしき人は見かけるようになったが、特段不審な動きはない。ホテルに泊まっていた客は市街地に避難していったので情報統制しているわけではないが、リール市街から偵察隊が来てもいない。駅の通信機には暗号化されていない情報がどんどん入ってくるし、罠を疑うほど警戒されていない状況のようだ。
「拘束した駅守備隊から得た情報では、帝国の攻勢正面は北部沿岸地域と認識されていたようです。イーペルが短時間で突破され、そこからさらに南に下ったリールに帝国軍が進出してくるなど予想もしていなかったのでしょう。これから駅職員が出勤してくる時間帯になればさすがにリール市街の守備隊も動くでしょうが、機銃すらないのでは迂闊に手出しはしてこないでしょう。駅の輸送機能は最低でも1週間は停止できるものと考えています」
「駅の倉庫に備蓄された物資は缶詰等の食料品と被服が中心でした。弾薬は概ね前線に移送済だったものと思われます」
報告が終わり、今後の方針が中隊長から伝達された。任務は駅の制圧なので、このまま陣地構築を継続。線路の一部を外して外部からの鉄道による強行突破はできないようにする。道路に検問は設置するが民間人の移動については特に制限を設けない。駅前ロータリーの建物は一通り確認が終わったので、今後も臨時で捜検は行うが営業は妨げない。敵対行動が無ければ原則として火器の使用は禁止。緩やかな占領といったところか。
「リール市街の守備隊については、こちらから降伏を勧告する書簡を送る予定です。まあ受諾はしないでしょうが、交渉窓口があると認識すれば突発的な攻撃は阻止できるものと期待しています」
シュメルツァー大尉が締めくくると、各小隊長はぱっと別れていった。中隊長と大尉が何やら込み入った話を始めたようなので、私達も席を離れる。
「さて、どうしようか?」
「朝食について確認しておきます。少々お待ちください」
ユーリアが受付に座っている支配人に共和国語で話し掛ける。そういえばこの人も昨日からずっと起きてる?髪が乱れて隈ができているような。こんな状況じゃ寝てもいられないか。
「昨夜と同様に部屋まで届けてもらえるそうです。すぐに運ばせますか?」
「あー…少し後にしようかな?」
さっきクッキーを食べていたせいかそこまでお腹は空いていない。いつもの朝食配給が7時だし、感覚的にもまだちょっと早い。
「少し外の様子を見てみようか。夜だったから周りがどうなってるか全然分からなかったし」
「そうですね、地理を把握できていませんでした」
ちょっと物見遊山気分の私の発言を良いように解釈してくれたらしい。うん、軍人として地形の把握は大事だよね。




