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 お昼分の戦闘糧食を食べ、お湯をもらってお茶を飲みつつ待つこと小一時間。私が担当している第一大隊は戦闘らしい戦闘はしていないようで、攻撃を受けている感覚はまるで無い。ここに来て分かったが、戦争というのは戦っているより待っている時間のほうがずっと長い。ちょっと移動して待機してまた移動して待機して少し戦闘があってまた待機する。待っている時間をいかに快適に過ごせるかが大事なような気がしてきた。その点、我が聖騎士団は優秀だ。スザナがどこからか調達してきた砂糖をたっぷり入れたお茶を片手に、掻き集めてきた天幕やら木箱やらで設えた休憩スペースでのんびり過ごす昼下がり。戦闘の名残で焦げ臭いのも、焚き火みたいなもんだと思えばいい演出だろう。

「お寛ぎのところ申し訳ないがな、聖女様。ちょっと来い」

 ふらっと現れたホイアー中佐に呼ばれて、さっきの幹部大集合の場所に戻る。いつの間にか天幕が張られて横には無線機を積んだトラックが停まっている。簡易司令部の出来上がりだ。

「コートリー中尉、出頭いたしました」

「トラックは守れるか?」

「は?」

 何の前置きもなくいきなり言われて変な声が出た。トラック、ってそこにあるトラック?

「どうでしょうか?たぶん無理です」

「何故だ」

「何故、と言われましても」

 連隊長が不思議そうな顔をしているが、そんな顔をされても困る。私は何でもできる便利屋ではないのだ。

「大隊丸ごと守れるのに、何故トラックはできないのだ」

「ええと…。私の能力の対象は人間です。トラックや陣地といったようなモノは対象外です」

「兵士の装備品は対象になるんだろう?先の中隊も今回の大隊も、兵士の携行装備の消耗はごく軽微だ」

 ホイアー中佐も口を挟んできた。まあそれはそうなんだけど。

「何と言えばいいのか…。対象の人を中心に周りをうっすら膜で覆っている感覚と言いますか。その範囲であれば装備品も守られます」

 正直私にもどんな理屈か分かっていないが、大まかにはそんな感じだと思う。着ている服や腰に下げている弾嚢くらいまでは攻撃を弾くが、手を離れた小銃や背嚢なんかは普通に傷が入る。そもそも何をどう判断して攻撃と捉えて守っているのかすら分からないのだ。ナイフで突いたりすれば攻撃として弾くようだが、たとえば私がスザナの背中をポンと叩くのは弾かれない。まあ触れる物を何でもかんでも弾いていたら、私の力が及んだ瞬間に服から何から全部弾き飛ばされて全裸の蛮族兵団爆誕になってしまう。そのへんは神の手でうまいことやっているのだろう。

「なら、そこのトラックも人の延長線で装備品の一部だと思え。やってみろ」

「無理です」

 なんでこうホイアー中佐は裏道抜け道みたいなやり方が好きなんだろうか。頭の回転が早いのは良いことなんだろうけど。

「何かトラックを守らなければならない事情が?」

「まあそうだな。どうだ、損耗があるとしても強行すべきか、デューリング少佐」

「今、この状況だからこそ決行する価値のある作戦と思料します。車両の損耗については最小限に抑える方策を考案しましょう」

 どこから引っ張ってきたのか、大きなテーブルの上には作戦地図と写真が並んでいる。白黒で不鮮明だが、どうやら航空偵察の写真のようだ。大きな街や、線路っぽいものが写っているのが見える。

「師団は既に動いている。沿岸部も明日には大攻勢に転じるだろう。ここは我が連隊が一華咲かせるべき時だな」

 作戦計画では連隊の仕事は明後日までに20マイル西方まで進出しそこに拠点を設置する、だったはずだ。広域地図にはその予定地点が赤丸で強調されている。それ以外にもう一箇所、南の方にぐるっと赤鉛筆で囲まれた地域があった。

「中尉、大隊の防御任務は本時をもって終了とする。司令部の防御も要らん。十分に休息しておけ」

「了解しました」

 とりあえず敬礼はしたものの、話が見えない。おそらくは作戦変更なんだろうけど、誰も説明してくれない。

「申し訳ありませんが、作戦計画に変更があったのでしょうか?」

「検討中だ。決定次第伝達する」

「…了解しました」

 もう一度敬礼をすると、私は司令部の天幕を後にした。想定以上に早く事が進んだので、計画変更になるのは分かる。できれば見通しとか説明して欲しいところではあるけど、いち中尉にそこまで気を遣うことなど無いか。

「おかえりなさい、閣下」

 仮設休憩スペースに戻ると、ユーリアが温かいお茶をくれた。いつの間にやら板と布で目隠しができていて、中は軽く横になれるような感じに設えられている。

「しばらく待機だそうです。ゆっくり休め、と」

「了解しました」

「了解です」

 甘いお茶を口に含むと、慣れ親しんだ香りが広がった。最初はちょっと土臭い感じが気になったが、今となってはむしろ落ち着く、この世界の味。薄曇りの空高くを、帝国の複葉機が南に向けて飛んでいった。

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