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「いいか、コートリー中尉。貴様は兵士達の希望そのものだ」

 昨日、またホイアー中佐とデューリング少佐に呼び出された。正確には『黄』号作戦の作戦地図を受け取りに行ったら横に連れ去られた。

「連隊全体に聖女様を信奉する空気がある。特に兵卒にはその傾向が顕著で、指揮官クラスには統率が乱れると問題視する者もいる」

 ホイアー中佐が作戦地図を広げながら全然関係ない話を始めた。傍から見たら注意事項の伝達にしか見えないだろう。

「ヤンセン中隊の連中が無傷で帰還したことで、聖女信仰はさらに強固になったようでな。コートリー中尉の髪の毛がお守りとして高値で取引されているそうだぞ」

「は?」

 身に覚えのない情報が飛び出してきて思わず固まってしまった。髪の毛?何それ?気持ち悪っ。

「まあ目端の効く奴が黒髪の兵士の髪をそう偽って売っているんだろうがな。実物を回収したが、質感が違ったな」

「……」

 ホイアー中佐がなんで私の髪質を知ってるの?髪の毛ソムリエか何か?

「何を考えているのか知らんが、俺の職分は情報分析だ。人種による髪質の違いくらいは分かる」

「…ソウデスカ」

「つくづく正直な奴だな。少しは本音を隠せ」

「申し訳ありません」

 ホイアー中佐は悪くない。それは分かっているが、にしても髪の毛って。

「とりあえず私物の管理は気を付けろ。まあそんなことはどうでもいい。明日の『黄』号作戦についてだが」

「はあ」

 どうでもよくない。なんなら軍医中尉として配属されてから一番の危機的状況だ。

「あのな…。とにかく、中尉の存在は兵士達の士気に関わるということだ。明日の『黄』号作戦では、なるべく全軍から姿が見えるように動け」

「はあ」

「塹壕内には入らず、常に身を晒せ。多少の起伏はあるが、イーペル戦線はほぼ平坦だ。直接中尉の力は届かないかもしれんが、姿が見えていれば突撃する兵士達にとっては支えになる」

「はい」

「コートリー中尉。今回の作戦で連隊は半数の消耗を見込んでいる」

 デューリング少佐が頭を擦りながら言う。

「中尉は第23歩兵連隊の歴史など興味はないだろうがな。この連隊は、元々は独立した旅団だった。激戦の中で消耗し尽くし、規模を縮小し連隊として再編成されて今に至っている。将校が多いのは旅団時代の名残りだな」

「へー…」

「興味が無いにしてももう少し取り繕え。こっちとしては思い入れのある話だ」

「申し訳ありません」

 いまいちよく分かっていないけど、旅団ということは連隊の数倍の規模だったはず。それが1年で連隊規模まで縮小したということは、死傷者は数千名?補充を受けてはいるはずだから、もしかしたら一万名以上がこのイーペルだけで?そういえば大佐が共和国が掘った塹壕と帝国の塹壕が入り混じっているみたいな話をしていた。ほんの少しの距離を血で満たして奪い合う戦争を、ここの人達は続けてきたのか。

「『黄』弾でも何でもいい。膠着した戦線を突破し共和国を停戦交渉に引き摺り出せるなら連隊が消滅しても構わん。『黄』号作戦はそういう作戦だと理解しておけ」

「はい」

 直前になってこんな話をしたのは、連隊の覚悟を伝えるため。そしてたぶん、この作戦で出る死傷者は私の責任ではないと伝えるためでもある。長く続く作戦の中で、私が守る範囲は変わっていく。今まで守っていた人達が、次の瞬間には死んでいることだってきっとある。そんな時に気に病まないように、わざわざ時間を取ってくれたのだと思う。

「ありがとうございました」

「ふむ。次からは最初からそういう態度を出せるようにしておけ」

 ホイアー中佐がニヤッと笑う。悪ガキのような笑顔が、今は優しく親しみ深いものに感じられた。

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